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朝
雀が鳴いている。
朝になったのだ。
彦四郎はいつものように布団の中で目を覚ました。
気分は悪くなかった。
外で長屋のおかみさんたちの笑い声や、子供を叱りつけるにぎやかな声がしている。
何ら変わりのない、いつもの朝だった。
陽は随分と高く昇って、部屋の中は暑いくらいになっていた。
彦四郎は体を起こして伸びをした。
昨夜のことはきっと夢だったのだろう。きっと、そう・・・。夢だったのだ。
夢でなければ、こんな風にきちっと布団で寝ているわけがない。
それにこの通り、唐傘もちゃんと並べて立て掛けてあるし、行灯の油もまだ残っている.
幽霊などいない。現実にもあんな恐ろしい女がいるはずもない。
だけど・・・。
あの女のか細い声がまだ耳に残っている。
女の白い頬に揺れる長い髪。
目に涙を溜めた笑い顔。
ため息。
全部があまりにもありありと目に浮かぶ。
彦四郎はぞっとして、また布団にもぐりこんだ。