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時代小説 彦四郎と幽霊およう  作者: カワラヒワ
2/20

 草ひばりが鳴き始め、吹く風が冷たくなってきた。

 静かな夜はずっと続くと思えた。


 そんな、ある満月の夜。

 彦四郎はめずらしく夜中まで起きていて、内職の唐傘の地髪貼りをしていた時のこと。


 とん、とん、とん、と誰かが戸を叩くような音がする。

(風の音かな?)

 彦四郎は仕事の手をとめ、耳をすました。

 とん、とん、とん・・・。

 戸を叩く調子は風の仕業ではない。やはり、誰かが表戸をたたいている。

(まさか、こんな時刻に)

 ついさっき、夜八つ(午前二時)の鐘の音が聞こえたばかり。


 彦四郎が刀がすぐ近くにあるのを確かめて押し黙っていると、

「ごめんくださいまし・・・」

 と消え入るような若い女のか細い声がした。

 戸口の障子に、月明かりを背にした女の人影が、立っているのが映っている。

「ど、どなたですか?」

 と、言いながら彦四郎が刀に手を伸ばそうとした。その時、いつもならがたぴしでなかなか開かない障子戸がするすると、いとも簡単に開いた。

 すると同時に行灯の明かりが、ちらちらと消え始めた。

 油が切れたのだ!

(こんな時に)

 彦四郎は焦った。だがどうしようもない。

 暗闇になった部屋から、戸口に立つ女の影法師だけが妙にはっきり見える。


「忠正様」

 女が言った。

 女は何の音も立てずに部屋に入ってきた。

 ゆっくりと揺らめくように歩いて、彦四郎の方へ近づいてくる。

 灯りもないのに女の着ている白い着物と、女の蝋のように白い顔が浮かび上がった。

 女の結っていない長い黒髪が揺れる。


 彦四郎は驚いて立ち上がろうとした。だがどうしたことか体がびくとも動かない。

 女は彦四郎のすぐそばまでやってきた。そして、かがんで彦四郎の顔を覗き込んだ。

女は笑っていた。目に涙をいっぱい溜めて嬉しそうに笑っていた。

(ぎゃあーっ!)

こんな真夜中に尋常じゃない女の姿を見て。彦四郎は叫んだ。

 でも、それは声にはならなかった。叫んだつもりでも実際に声は出なかったのだ。

 体もやはり動かない。

「う、う、うう・・・」

 脂汗が額に滲む。

 彦四郎はうめいた。

 息が詰まって、今にも呼吸が止まりそうだ。


 それは少しの時間だったのだろうか。彦四郎には長い時間のように思えた。

 女の笑顔が消えた。

「ちがう・・・」

 女がぽつりと言うと、急に強い風が起こった。

 女の髪が逆立ち、彦四郎が作り終えて乾かしていた唐傘が、ばたばたと壁の隅に飛ばされた。


 彦四郎は動かない体をなんとか動かそうともがいていた。

 風が止んだ。

 女が目を閉じて、ため息をついた。身も心も凍るような冷たいため息だった。


 女は立ち上がり、彦四郎の顔をいちべつすると、戸口から外に出ていった。

 ピシャリと障子戸が閉まる。

 途端に彦四郎の体がぐにゃりと畳に崩れ落ちた。

 精も根も尽き果てたように、彦四郎はそのまま気を失った。


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