発熱
寒い夜が続いた。
表戸がかたかた鳴り、隙間風が部屋の中に入ってくる。
彦四郎はこほこほと咳をした。
昨日から喉が痛く、寒気もする。風邪を引いたのは間違いなかった。
薄っぺらなせんべい布団にくるまっても、少しも体は温まらず、どんどん寒くなってきて震えがとまらない。
熱が上がってきたようだ。
彦四郎は震えながら、おようのことを考えていた。
おようは今、墓のなかだろうか。墓の中は寒くはないのだろうか。
元気にしているのだろうか。幽霊に元気かはないだろうけど・・・。
おように会いたい。とても会いたいのだ。傷つけてしまったことを謝りたい。自分勝手とわかっているが、もう一度、おようの笑顔がみたいのだ。
あの日、おようが消える瞬間に見せた悲しそうな顔が、ずっと頭に残っている。
おようはいつも優しかった。だけど、おれは自分の都合ばかり考えて、思いやりがなかった。
おようは、もうおれに会いにきてくれない。
彦四郎は手を伸ばして、枕元のかんざしを取った。
彦四郎がおようにやったこのかんざしは、おようがこの部屋にいる時だけつけることができた。
あの世の者は、この世で生きている人間の贈り物を、自分の墓に、持って帰ることはできないらしかった。
おようが茶を飲んだり、おいしそうにだんごを食べる姿を見ていても、おようが帰った後には、湯飲みの茶も減ってなくだんごも手付かずのままだった。
おようと過ごしたすべては幻か?
おようの瞳に映ったおれの顔も、微かに香るびんつけ油の匂いの何もかも、おれの妄想だったのか?
おようが残した物は何もない。髪の毛一本すら置いていかなかったのだ。
彦四郎はかんざしを握り締めた。
外で風がひゅうひゅうと唸った。
「彦四郎様・・・」
彦四郎ははっとして目を開けた。
確かに彦四郎はおようの声を聞いた。
彦四郎は這って土間に飛び出て、表戸を開けた。
そこにはおようの姿はなかった。冷たい風が彦四郎の体に吹き付けるだけだった。
彦四郎は空を見上げた
ひさしの隙間の狭い空に、小さな赤い星が一つ、孤独に寂しく光っていた。




