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時代小説 彦四郎と幽霊およう  作者: カワラヒワ
17/20

発熱

 寒い夜が続いた。

 表戸がかたかた鳴り、隙間風が部屋の中に入ってくる。

 彦四郎はこほこほと咳をした。

 昨日から喉が痛く、寒気もする。風邪を引いたのは間違いなかった。

 薄っぺらなせんべい布団にくるまっても、少しも体は温まらず、どんどん寒くなってきて震えがとまらない。

 熱が上がってきたようだ。

 彦四郎は震えながら、おようのことを考えていた。

 おようは今、墓のなかだろうか。墓の中は寒くはないのだろうか。

 元気にしているのだろうか。幽霊に元気かはないだろうけど・・・。


 おように会いたい。とても会いたいのだ。傷つけてしまったことを謝りたい。自分勝手とわかっているが、もう一度、おようの笑顔がみたいのだ。

 あの日、おようが消える瞬間に見せた悲しそうな顔が、ずっと頭に残っている。

 おようはいつも優しかった。だけど、おれは自分の都合ばかり考えて、思いやりがなかった。

 おようは、もうおれに会いにきてくれない。


 彦四郎は手を伸ばして、枕元のかんざしを取った。

 彦四郎がおようにやったこのかんざしは、おようがこの部屋にいる時だけつけることができた。

 あの世の者は、この世で生きている人間の贈り物を、自分の墓に、持って帰ることはできないらしかった。


 おようが茶を飲んだり、おいしそうにだんごを食べる姿を見ていても、おようが帰った後には、湯飲みの茶も減ってなくだんごも手付かずのままだった。


 おようと過ごしたすべては幻か?

 おようの瞳に映ったおれの顔も、微かに香るびんつけ油の匂いの何もかも、おれの妄想だったのか?


 おようが残した物は何もない。髪の毛一本すら置いていかなかったのだ。


 彦四郎はかんざしを握り締めた。

 外で風がひゅうひゅうと唸った。

「彦四郎様・・・」

 彦四郎ははっとして目を開けた。

 確かに彦四郎はおようの声を聞いた。

 彦四郎は這って土間に飛び出て、表戸を開けた。

 そこにはおようの姿はなかった。冷たい風が彦四郎の体に吹き付けるだけだった。

 彦四郎は空を見上げた

 ひさしの隙間の狭い空に、小さな赤い星が一つ、孤独に寂しく光っていた。


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