抱きしめる
ある日、彦四郎は貯めた金で、おようのかんざしを買った。
その夜。
「彦四郎さま、私なんかのためにこんな高価なものを。苦労してせっかく貯めたお金で・・」
おようはかんざしを見つめて、言葉につまった。
「いいのだよ。おれはお前に何もしてやれないのだから、これくらいのこと」
彦四郎はおようが持っているかんざしを自分の手に取って、おようの髪に挿してやった。
「彦四郎様、ありがとうございます」
おようが心から喜んでいるのが伝わってきて、彦四郎、もとてもうれしかった。
おようがかんざしに手を添えた。
その時、おようが正座している膝のあたりが、なぜかぼんやりかすんで透けていくように見えた。
「おようっ!」
彦四郎は咄嗟に叫んだ。
一瞬のことだったが、おようが消えてしまうと思ったのだ。
「はい?」
おようが目を丸くして言った。
「いや・・・。なんでもない」
透けてなどいない。見間違いだ。
彦四郎はほっとした。
『成仏』の言葉が彦四郎の頭に浮かんだ。
まさか、おようがこんなことで成仏するとは思えない。
成仏する時は、おようの願いが成就して、待ち人が帰ってきた時だ。そいつが、一言優しい言葉をかけてやりさえすれば、おようは成仏できるだろう。
おようのためにはそうなるのが一番いいことなのだ。だが・・・。
忠政などにおようを合わせたくない。 彦四郎は忠正に嫉妬した。
あいつなんかより、おれの方がよほどおようのことを思っている。おれならば、おようをいつまでも待たせてかなしませるようなことなどしない。すぐにでも成仏させてやるのに。
だけど、今はまだだめだ。おようにここにいてほしい。もしも、今おようがいなくなったら、おれは・・・。
彦四郎はどうしょうもまく悲しい気持ちになった、思わずおようを抱きしめた。
おようの存在を確かめたかった。おようは生きている人間と同じように変わりなく、今、おれの腕の中にいる。幻なんかではなく、ここに存在している。そう、感じたい。
それなのに。
おようの体は、冷たくも温かくもなく、硬くも柔らかくもなかった。




