変貌
おようは毎夜やって来た。
髪は一つの乱れもなく結い、顔にはおしろいが塗られ、唇には鮮やかな赤い紅をさしている。白い着物は友禅模様の小袖に変わり、裸足ではなくちゃんと草履を履いて、どう見ても幽霊には見えないいでたちで来る。
感情を高ぶらせて、強い風を起こすこともなくなったし、いつかのようにびりびりと衝撃を食らわせたりすることもなかった。
よく話し、よく笑い、冗談も言う。そして、幽霊の友達の話しもした。
「お隣りのお墓のおきぬさんは、ご亭主の浮気が原因で発作的に自害をしたのですけど、すごく後悔しているんですって。死なないで、もっといい男を探せばよかったって。私が彦四郎様の話しをするとすごくうらやましがるんですよ」
ふふふふっといかにもおかしそうに笑う。
それからおようは時々、幽霊という特徴を生かして、彦四郎にいたずらをしたり、驚かせておもしろがった。
彦四郎が茶を入れるため、急須を取ろうとすると、それをすすーっと動かせて取らせなかったり、ふいに茶碗や湯飲みをふわふわと浮かせて、飛ばしたりした。
ある夜などは、おようが来る時刻についうとうとしていて彦四郎を宙に浮かせて、どすんと落としておいて、「あらっ、彦四郎様、お目覚め?」などと澄まし顔で言ったりする。
急に天上から現れたりする時もあるし、隣りの部屋の壁から現れたりして彦四郎を驚かせた。
「彦四郎様の驚く顔、面白い」
と言っておようは笑う。
おようが笑うと彦四郎も一緒に笑った。
彦四郎は、おようにいたずらされたり驚かされたりしても腹を立てることはなかった。むしろ、喜んだ。おようの笑顔が見られるからだ。
おようにはいつも笑っていてほしい。おようが悲しむところなど見たくはないと、彦四郎は思うのだった。
*
家賃が半分だからといって、彦四郎の生活が楽になることはなかった。
傘貼りの内職ばかりではやっていけない。
口入屋に行っても自分が望む仕事はなく、自分ができそうである仕事は、人足ぐらいだ。
侍などやめて町人になってしまえば、いくらでも気楽な生活ができそうなものだが、彦四郎にはまだ武士としての誇りがあった。
二刀を捨てるくらいなら、人足の仕事をしよう。
彦四郎はそう決めた。
彦四郎は大工の手伝いを始めた。
大工の仕事は慣れてくると、思っていた以上にやりがいがあった。
一緒に仕事をする仲間たちもみ皆、親切だったし、体は疲れるが、一日の仕事が終わると気持ちのいい達成感があった。
それに、長い時間仕事をすれば、それに応じた手間賃がもらえたし給金もよかった。
だが、朝早くから暗くなるまで働いた疲れた体で、おようが来る夜中まで起きているのが難しくなった。
もっと早い時刻に来てくれないかとおように相談するも、幽霊は夜八つに出ると決まっています。と、おようは自分の考えをまげない。
それで仕方なく、おようが来るまでひと眠りしようと横になると、気が付けば朝になっている。
眠らずに待っていようと思っても、眠気にはかてずいつの間にか眠っていたりする。
もともと、それほど体が丈夫ではなかった彦四郎であったから、どうにもならない。
起きておように会えるのは、三、四日に一度くらいのものだ。
それでもおようは毎夜、彦四郎の元へやって来た。
おようは疲れて眠っている彦四郎を前のように、決して起こしたりはしなかった。
彦四郎の寝顔を、しばらくそっと眺めて満足して帰っていく。
それでも時々は、彦四郎が眠る寝床にもぐり込んで、彦四郎の静かな寝息を耳元できいた。
そんなおようを、彦四郎は夢うつつの中で抱きしめる。
そのような夜が幾度となく続いた。




