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始まり
ある長屋に一人の男が引っ越して来た。
男の名前は佐藤彦四郎という。
やせぎすの若者、彦四郎は浪人の身の上であった。
「お侍様でしたら大丈夫でしょうとも。お強そうですし、お気持ちもしっかりとしていらっしゃる」
長屋の大家は笑いながら、要領の得ないお世辞らしきことを言って、部屋の戸を開けた。
家賃は半分でいいという怪しげな部屋だ。
そういう部屋は・・・。
彦四郎にはだいたいの察しはついていた。
今までそういう部屋は少しくらい生活が苦しくても避けてきたのだが。
しかし、用心棒をくびになって幾日か。仕事が見つからない今、家賃が半分でいいという部屋は魅力的で・・・。
背に腹は代えられないというわけだ。
彦四郎は何も聞かず、愛想笑いを浮かべてその部屋に入っていった。
さて、それから何事もなく日は過ぎて行った。
何も起こらない。
大家のやつ、まったくあんな物言いをするから余計な心配をした。だけど、まあいい、家賃は半分でいいというのだから。
彦四郎はほっとしながらも、でも内心、検討がはずれてことで家賃を値上げされないか、気がかりであった。