試験が終わったら、夏。
夏。
夏が来る。
俺は早々に答案を書き上げると、裏返して窓の外を眺めていた。
立ち上る白い雲。どこまでも青く深い空。
銀色に鈍く輝く街並み。お日様に屋根が光っている。
時計の音と、シャープペンシルを走らせる音だけが響く七月中旬。
今日が終われば、後はたいした行事は無い。直ぐに夏休みだ。
隣からシャープペンシルの加速する音がする。
愛理。必死らしい。
昨日勉強見てやったのに。
教師が腕時計を見ている。
残り時間もあと少しか。
それにしても愛理。
あれだけ教えてやっても時間ギリギリまで解答用紙と睨めっことは……このお茶目さんめ。
じわりと滲む、額の汗。
日差しも強く……いや、試験にかけるみんなの熱気か?
蝉の声が一際甲高く響いたその時、チャイムが鳴った。
「よーし。後ろから答案回せー。試験は終わりだ。みんな頑張ったか?」
教師の世辞。
言われなくても、みんな頑張ったに決まっている。誰が補習など受けたいものか。
「やったー! 終わったー!!」
喜びを爆発させるバカもいる。やれやれだ。
「ひとちゃん……」
「ん?」
情けない声に目を上げてみれば、愛理が涙ぐみながら傍に立っていた。
手は震え、髪の当たる肩を強張らせ。
その結果、推して知るべし。
「あー、答案返ってくるまでは諦めるなよ。希望、あるだろ?」
「……解らないから解答欄にイラスト描いてた」
希望、無いらしい。
「……補習決定?」
「……たぶん」
「約束の海……いや、プールは補習が終わってから行こうか」
「ひとちゃんのバカぁ!」
バカと言われましても。
騒がしかった教室も、喜びの声も掻き消えて。
みんな開放感で浮かれ顔。
「帰ろうか」
「……部活」
「ん。じゃ俺、先に帰るわ」
「……いい、サボる」
そうですか。
聞こえてくるのは蝉の声。
そして時折廊下を通るみんなの歓声。
「ひとちゃんのように頭よくないし。どうせバカだし」
「勉強はな、毎日の努力が大事なんだ」
「そんな事言うひとちゃん嫌い!」
「どうしろと?」
「お詫びにアイス」
俺は尻に財布の重みを感じる。
まぁ、良いか。試験も終わったことだし、羽を伸ばそう。
硬貨の二三枚は入っているはずだ。
「愛理、喜べ」
「なに!」
愛理のくるりとした目が丸くなる。
「三百円ある。アイスが買えるぞ」
「よーし!」
「うんうん、その喜びを補習へのヤル気に変えるんだな」
「うぇぇ……ひとちゃん嫌い」
「宿題、見てやるから。課題、一緒に解いてやるから」
「ひとちゃん……さすがひとちゃん!」
愛理の目に輝きが戻る。
そんな、見捨てないって。
愛理はどうしてこう自分に自信が無いんだか。
きっとみんな、たいしたことは考えていないと言うのに。
流されて。
考えた気になって。
そしてみんな過ごしてる。
「私、私ね、愛理ね、」
「はいはい」
「頑張るからね! 頑張る!」
胸の前で両手を握しと組んで。
だから、そう気張らなくとも。
「昨日も聞いた」
「うぇぇ……ひとちゃん嫌い」
愛理が口を尖らせる。
まぁ、愛理で遊ぶのもいい加減疲れる。からかうのはこれまでだ。
「アイス、買いに行こうぜ! 食いながら帰ろう?」
「うんうん!」
◇
立ち上る白い雲。そこまでも青く深い空。
揺らめく熱気、輝くアスファルト。
蝉がワシワシと鳴いていた。
たちまち汗が噴出し張り付く制服。
でも、最強の武器、アイスをコンビニで買ったもんね!
「冷た!」
「急に齧り付くからだ」
「えへへ」
夏休み。
今年もこうして愛理と過ごす夏休みがやって来た。