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バイト先の常連となったアストラを、リュウはジト目で見た。
ちなみに今日の出勤は喫茶店である。
「で、今日はなんの用ですか?」
何故か勝ち誇った笑みを浮かべながら、アストラはリュウを見てくる。
「なぁ、お前。俺のものにならないか?」
そのアストラの言葉に、近くのテーブルを拭いていたリュウのバイト仲間ある少女の目が大きく見開かれる。
即座に彼女は、店の奥。厨房に居るだろう別のバイト仲間に手信号を送った。
ちなみに、信号の内容はこうである。
『彼氏がプロポーズしに来た!』
そして、返信が返ってくる。
『次の本のネタにする。そのまま状況を報告せよ』
なんてやり取りに、二人は気づいていない。
いや、正確には気づいているのだが信号の内容が解読出来ないのでそれぞれ無視しているだけだ。
「また勧誘か。
それは他の生徒を奨めるよ。
俺は役に立たない。
アストラも知ってるだろう?」
「確かに、知ってるさ。
お前が他の生徒より優秀な事を知ってる。
だから、俺のものになれよ。
ここじゃ答えられないって言うなら、夜を共にすれば少しはほだされてくれるかな?」
そこで、興奮のあまり手信号を送っていた少女が、厨房に駆け込んでいった。
珍しく今日は他に客がいないので、客席にはリュウとアストラだけである。
「で、邪魔者を追っ払って、俺に告るのか?」
リュウはまっすぐにアストラを見ながら言う。
「あはは。本心から俺はお前がほしくてたまらないんだよ。
リュウ・ソードウェル。
いや、古代魔法遺物適合者、元インフェルノ帝国所属、大陸最凶にして忌まわしき殺戮者さん」
「人違いだって」
「確かに、普通の精密検査じゃ出てこないはずだよな?
こんな単純なことに誰も気づかなかった。
いや、単純すぎるから誰も気づけなかった。
古代魔法遺物はこの世界に具現していなければ、その特殊な波動を感知出来ない。
だから、今まで例はほとんど無いが。
普通に装備するんじゃなくて、例えばお前の体、精神体と魔法遺物が融合しているんだとしたら?
体は人間のものだから波動は関知されない。感知出来るのは、肉体のそれだ。
で、遺物を使おうとこの世界に出現させた場合のみ、特殊な波動を感知できるってわけだ。
それに、お前が少なくとも軍に所属していた事も調べがついている」
「何が言いたい」
「俺のものになれ。
ならないなら、この事をバラす。
察するに、バレたくないんだろ?
俺がバラしたら、お前はずっと追われる身になってしまう。
帝国だと正式に死んだ事になってたんだな。
だから、帝国からは追っ手がなかったってわけだ」
「お前」
「インフェルノ帝国より優しく、甘やかしてやるよ。
だから、俺の愛の告白を素直に受けとれって」
そこで、アストラは徐にリュウの胸元を掴み引き寄せる。
そして良い笑顔で言ってくる。
「あんまりごねると、罪を捏造して死刑にしてもらうぞ。
なにしろ俺は他国の要人。お前は身分もなにもない落ちこぼれ苦学生。
俺がお前に暴力を振るわれたとか言ったら、どうなるだろうなぁ?」
そこで、リュウの顔が歪む。
それを見てアストラは、手を離した。
「みすみす他の国に渡っても面倒だしな。
だから、うちに来いよ」
そこでリュウは息を吐き出した。
「お前、性格悪いって言われるだろ」