6
殺される。
このままでは、子供のくだらないプライドで殺されてしまう。
しかし、使ったら。
その迷いが、くだらないくらい人間らしいその感情がリュウの判断を遅らせた。
結果、魔法の直撃を受けてしまう。
背中に衝撃と痛みが走り、その衝撃のまま転んでしまった。
「おい、もう終わりか?」
近づいてきたドリッガーに動けないリュウは頭を踏みつけられる。
踏み潰して、骨を砕こうとしてくる。
「うぁ」
「薄汚いウジ虫が、人間様に近づくんじゃねーよ」
そして、蹴られた。
頭を、顔を、体を蹴られる。
いっそ、本当にウジ虫だったらどんなに良かっただろう。
そう思った。
化物じゃなくて、本当にドリッガーの言うようにただの虫だったならどんなに良かっただろう。
そしたら。
そしたら。
そしたら。
きっと、こんな風になんてならなかったのに。
「ぐっ、ぅあ」
「その目、反抗的すぎる。やっぱりいらないよな?」
なんて言って、今度は魔法じゃなくて携帯しているナイフを取り出して、それをちらつかせながら言ってくる。
「や、やめ、てくださ、い」
必死だった。
人の中に居続けるために、リュウも必死だった。
その懇願をどうとったのか、ドリッガーはにやりと笑うとわざとらしく言ってくる。
「あ? 聴こえねーよ」
「やめてください。酷いこと、しないで」
「違うだろ? 許してください、だろ?
卑しい卑しい身分で、人間様に近づいてごめんなさい、だろ?」
「許してください、いやしいみぶんでちかづいてごめんな」
台詞は、全部言えなかった。
途中でまた顔を蹴られてしまったからだ。
「あー、誠意が足りないからお前、死刑な」
なんて言いながら、ドリッガーはニヤニヤ笑っている。
流石に、死ぬのは嫌だった。
こんな、子供のくだらないプライドを傷つけたくらいで死ぬのは、殺されるのは嫌だった。
散々、いろんな命を奪ってきていまさらだと思うが、それでも死にたくはなかった。
だから、これは仕方ない事だと自分に言い聞かせる。
死にたくないのだ。
だから、仕方ないのだと言い聞かせた。
そして、リュウは火事場のくそ力を装って、ナイフを降り下ろしてくるドリッガーの腕をはね除けた。
その衝撃でナイフを取り落とす。
素早く身を起こして、そのナイフを拾うと同時に術式を展開する。
そのナイフを、ドリッガーの腕へ軽く振った。
ナイフは刺さらなかった。
刃の長さも足りないのに、ナイフはドリッガーの腕をまるでスプーンでプリンを掬うようにあっさりと切り落としてしまった。
一瞬、ドリッガーが訳がわからないという表情になり、落ちている腕を見るとそれが自分の腕であると認識した瞬間、ドリッガーが絶叫した。
それに構わず、リュウは遠くで成り行きを見ていた、そして逃げ出したドリッガーの取り巻き達を追いかけた。
同じように、ナイフを振るう。
ナイフを振るって、さっきまで自分に暴行していた彼らを刻んでいく。
という光景が、イジメッ子達の脳内で繰り広げられているはずだった。
幻の光景でもがき苦しんでいるドリッガー達を横目に、疲れたようにリュウは息を吐き出した。
そして、自分を監視していた視線の位置を探る。
「ごまかさないと、だよなぁ」
一応、魔法が使えないということになっているのだ。
どうやって言い訳するか、嘘をつくか考える。
監視していたのは、その視線が誰のものなのか、リュウは大体の見当がついていた。
いまだに、監視の視線は注がれていた。
一連のドリッガーとその取り巻き達と、リュウのやり取りを見ていたアストラとテディールは言葉を交わす。
「魔法、幻術か。よっぽどの悪夢を見せられてるな。
情報だと、リュウ・ソードウェルは魔法が使えなかったはずだよな?」
アストラの確認にテディールは頷く。
魔法が使えない人間はそう珍しくない。
まず、魔法を使うには魔力が必要だ。
これは先天性なので、生まれつき魔力がなければそもそも魔法は使えない。
魔力のない人間は一定数存在しているので、魔法が使えない人間は多い。
そして魔力があるだけでも、やはり魔法は使えない。
魔力の使い方、訓練が必要である。
何年も訓練を重ねて、使えるようになるのだ。
魔法にも攻撃、防御、治癒と様々な種類があるが、幻術は扱いが難しい魔法の一つである。
なにしろ、一つ間違えば対象の脳を破壊して廃人にしてしまう可能性がある。
そのため、繊細な術式展開が必要だからだ。
素質もそうだが、やはりこれも訓練が必要になってくる。
幻術を使いこなすには、最低でも五年かかると言われている。
基礎でも三年かかる。
「はい。そのはずです」
顎に手を当てて、アストラは考え込む。
それから、テディールに指示を出した。
「ちょっと調べてくれ」
「良いですけど、何を調べれば?」
「殺戮者が現れた魔族襲撃事件の詳細と、リュウ・ソードウェルの経歴だ」
視線は、痛む体を引きずってその場から去ろうとしているリュウから外さず、アストラはそう言った。