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最近、特に他国の引き抜きの人達と関わるようになってから同級生からリュウへの暴力が増えた。
理由は理不尽な思い込みによる嫉妬。
他でもない、その同級生からの虐め。
それから助けてくれた、介抱してくれた些細なお礼をしただけだ。
気持ち悪い、落ちこぼれが近づくな、そう罵倒されるのを半分覚悟で手作りの菓子を持っていったのが始まりだ。
意外にも受け取って貰えた上、美味しいと好評だった。
バイト先の一つである菓子店の店長直伝レシピは、やはりすごい。
どうしてもまた食べたいと、目を輝かせて言われれば悪い気はしない。
さらに、難癖をつけられて同級生から弁当を台無しにされて以来、リュウは、隠れて昼食を摂るようになったのだが、そのリュウを助けた人物、テディールは何処からともなく現れるようになり一緒に昼休みを過ごすことが多くなった。
そして、先日。バイト先にテディールは、いつだったか領地内ではあるが、木々が生い茂る街の外に広がる森のなかでの実技演習にて、同じように同級生から暴行され動けなくなっているリュウを助けてくれた人物を伴って現れた。
冗談半分、売り上げ目的半分で言ったのだが、まさか本当に来てくれるとは思わず純粋に驚いた。
リュウは、三つの飲食店のバイトを掛け持ちしている。
喫茶店。酒場。そして、菓子店の三つだ。
実はこの三店舗、経営者が同じである。
同じ系列の別の店、と言えば良いのだろうか。
学生バイト大歓迎の求人広告の文字に釣られ、さらに賄い付きという事で喫茶店のバイト募集に応募したのが始まりだった。
意外にも、客商売はリュウに合っていたらしい。
何よりも、学園の人間がほとんど来ないのが良い。
最初は接客ではなく裏方で食材の下処理を任されていたが、これが中々楽しかった。
実際、リュウはそこまで根暗な人間ではないとわかってからの雇い主の暴走が始まった。
楽しくニコニコ仕事をするリュウは販売の方に回され、さらに女顔ということもあり、面白半分に女装させて接客させたら売り上げが増えた。
天然なのかなんなのか、特に嫌がることもなく面白がって仕事をこなすリュウは使い勝手がよかった。
仕事もすぐに覚え、そして器用になんでもこなすリュウはバイト先で好かれた。
だから、リュウが弁当のおかずに喫茶店の料理を入れたいから作り方を教えてくれと言ってきた時にも、店のマスターは快く教えてくれた。
ちなみにマスター直伝の玉子サンドがリュウのお気に入りである。
飲食店は万年人不足である。
もう少し稼ぎたいからと、夜の危ないバイトに手を出そうとしていたリュウを同じ系列の別の店に紹介したのが掛け持ちの始まりである。
学園が終わって午後六時から八時までが喫茶店、一時間の休憩と移動時間を挟んで午後九時から十二時までが酒場。
菓子店は週末の休日二日間のみ午前十時から午後一時まで。ちなみに、午後一時以降は五時までご飯と昼寝と時々ヘルプで時間を潰し六時からは平日と同様に働いている。
お陰で、入学当初はパンの耳と塩だけの生活だった食事事情がだいぶ改善された。
賄いや、雑損になって棄てられる食材をわけてもらったり、料理の残りを分けてもらったりと、本当に食事事情は改善された。
そして、意外なほど学園の生徒がバイト先に来ないというのも、リュウがバイトを続けられた理由だった。
というのも、学園のほとんどの生徒が学生寮住まいだからだ。
リュウは自転車で一時間ほどの場所にあるオンボロアパートに住んでいる。
学生寮に入るだけの金が用意出来なかったのだ。
総合学園に入るのに必要なのは、一般的な読み書きができるスキルと金だけである。
逆に言えば金さえ払えば誰でも入学できるのだ。
そして、授業の質も良い。
入学可能年齢は十二歳から、上限はない。
それはともかく、やっとこさ入学してきた貧乏人でさらに成績がダメダメ。
なのに、スカウトの他国の要人と仲がいいとなると、媚を売って取り入ろうとしているよう見えるのは仕方ないことだ。
しかし。
「いい気になるなよ、この屑が」
ドリッガーに鳩尾へキツイ一発入れられ、さすがに吐いてしまった。
「身の程をわからせてやる」
いつもと、いやいつも以上に暴力が酷い。
断片的な言葉で理解できたのは、彼らが自分達の事をリュウと交流のある他国のスカウトーーアストラとテディールに売り込んだらしいが断られたため、その腹いせらしい。
「なに、を」
痛みに呻くリュウを生徒たちは無理矢理押さえつける。
そして、基礎魔法の一つである、火を操る魔法術式を展開したかと思うと、起こした火をゆっくりと顔、目に近づけてくる。
これには流石にヤバいと感じ、もがいて拘束から抜け出す。
その際、拘束していた奴を蹴飛ばしたが気にしない。正当防衛だ。
「おいおい、逃げんなよ」
ニヤニヤと虐めの主犯であるドリッガーが嘲う。
落ちこぼれで、のろまな、そして魔法が使えないリュウでは太刀打ちできない、どう足掻いても逃げられない事を知っているのだ。
そんな事、リュウも重々承知していた。
しかし、監視している目があるというのに、自分の目を潰す訳にはいかない。
それをしたら、表向きには治せなくなってしまう可能性が高い。
正直、腕や足がもげようが、目を潰されようが何てことはない。すぐに直るのだから。
しかし、それが人間たちの世界で異常であるという事くらいリュウにもわかっている。
自分が普通でないことくらい、異質な存在であることくらい理解していた。
だからこそ、それを必死で隠してきた。
この学校に入学するときに、人間の振りをし続けるために隠すと決めたのだ。
卒業まで隠し通すと決めたのだ。
だから逃げる事を選んだ。
きっと普通の人間なら必死に逃げるだろうから。
普通の人間より、少し劣る早さで逃げ回る。
この学園でリュウを知るものなら、違和感をもたない早さで逃げ回る。
逃げ回っている間にも、ドリッガーは魔法で造り出した火の玉を投げてリュウをいたぶってくる。
何とか、このまま人であるリュウ・ソードウェルとして、逃げ切らなければならない。
ドリッガーの狂気は本物だった。
かつて、リュウが戦場で何度も見てきた狂気だった。
本気で彼は、リュウの目を潰そうとしている。
いや、彼だけではない。
その取り巻きもリュウを再起不能にする気満々だ。
(どうする? どうするどうする?)
ここが慣れ親しいんだ戦場なら答えは簡単だった。
しかし、ここは戦場ではない。
そして、なにがなんでも自分が化物であることを隠さねばならない。
バレてしまっては人の中にいれないから。
また違う国に行って一からやり直しだ。
そんな面倒くさいことはごめんだった。
やっと、少しずつ馴染んできたところなのだ。
学園での扱いは、もう仕方ない。
最初から、隠すつもりで過ごしてきたのだ。
だから、仕方ない。
でも、バイト先は違う。
少しだけ、今までの経験を生かして動かないと逆に本当に使えないレッテルを貼られてクビになる可能性があるからだ。
ある種閉じられた世界である学園とは違う。
だから、少しだけ自分らしくいられる事ができるのだ。
でも、化物だとわかればそのとたんに店にすらいられなくなってしまう。
だから、何としてでも隠さなければいけない。
その時だった。
背後に大きな魔力の塊が発生したことに気づく。
一度だけ振り返り、
(マジかよ! 虐めでそこまでするか、普通?!)
殺傷能力をもつ魔法、戦場でもよく使われるそれがリュウに向かって放たれるところだった。