同居人と変化
電車が一駅進むごとに、私は過去を思い出す。途中、何度か電車内は混雑したが、それきり騒がしさはない。
それもそうだ。あっという間に都会の風景がなくなり、畑や田んぼが目立つようになっていたのだから。
どことなく懐かしくて、しばらく眺める。
こういう優しい田舎で私は育ったはずなのに、いつからか辛い思い出のせいにしていた。田舎にいると、風景を見ては同居人を思い出すから。しかし、都会にいても同じだった。思い出すきっかけはそこらじゅうにある。
実家には、たくさんの思い出があった。悪いことばかりを考えてしまうが、小さな光ではあるけれど楽しいこともあったのだ。
同居人とも遊んだ。少ないけれど、笑顔もあった。変わってしまったのは、今思えば私が大人になったからかもしれない。
そうだ。一度だけ、彼は遊園地に私を連れて行ってくれた。あの事件が起こる前の年くらいだ。彼は笑顔で、私の手を引いて歩いていたのだ。
そんな笑顔を私は忘れてしまった。同じように私は笑えなくなった。笑顔を取り戻すなんて無理だ。私はあの事件から、恐怖で動けないままだ。
いくら遊園地で遊んだことがあると言っても、それは遠い思い出。あれは偽りの記憶。ただのおとぎ話で、綺麗なハッピーエンドが用意された世界のもの。
いや、そう思いたいだけだ。
私はだだをこねている子供。彼が許せなくて、このままではいつか壊れてしまう。逆に彼を壊してしまうかもしれない。
だから、私はあの実家を離れたのだ。
――――
姉は早くに結婚を決めて家を出た。私は義務教育を終えてすぐに就職。母が心配で実家から通うようになる。しかし、同居人と住むだけでなく同じ街にいることが苦しくなり、自ら異動を申し出た。それが叶ったのは就職して二年後だった。
母が心配ではあったが、私には余裕がなかった。申し訳ないとは思うが、どうしても同居人の存在が私を壊していく気がしてならなかった。
こうして姉と私は実家から出て、帰ることはなかった。
家族は成長するにつれてどんどん変わっていくのに、彼だけはいつまでも変わらなかった。
定年して仕事を辞め、ますます家にいることが多くなる。今まで働いていたのだから、自由にやらせろ。俺がこの家のリーダーだと言わんばかりに、彼は椅子に仰け反って座るようになる。
ますます酷くなっていった。
我が物顔で家を闊歩し、いつの間にか母を使用人のように扱うようになっていた。
しかし、変わり始めたものが一つだけある。
それは姉と相談して一緒に実家に帰ってきた時のことだ。ずっと会っていなかった母を心配してのことだが、私が同居人と顔を合わせた最後の日だ。
五年以上前のことになる。
「俺、介護生活になったら。どうなんのかな?」
初めて聞いた彼の気弱な言葉。
退職して仕事もしないで家にいるだけだから、考える時間が増えたのだろう。私たち姉妹に向けての言葉なのだろうが、何も言わなかった。言えるはずがない。
面倒をみる気はない。これまでの生活を思うと、とても彼に優しくは出来ない。本人だってわかっているはずだ。
それでも、私は思うのだ。
馬鹿みたいだと思いながら、どうしても見捨てられないのだ。
もしかしたら、これもモラルハラスメントの一種で、洗脳のような状態になっているのかもしれない。馬鹿みたいに操られているのかもしれない。
私は彼の将来を考えてしまうのだ。馬鹿みたいに優しくしてしまいそうになる。愚かな自分を止めることに必死だ。
これは罰だからと彼を一人にしてしまえばいいのに、なぜ手を差し伸べようとしているのか不思議でならない。