同居人と事件
物思いに耽っていたからか、目の前に到着した電車に気づかなった。発車ベルが鳴り響き、私は慌てて立ち上がる。無雑作に荷物を持って駆け込んだ。
中は静かで人はほとんどいない。
いずれ混み合うかもしれないが、今は自由に席を使っても文句を言われないだろう。
私は四人がけのボックス席に決めて荷物を置き、座席に座る。
買ってきたパンとコーヒーを出し、うっかり一緒に入れてしまった便箋が濡れていることに気づく。三時間もあればいつか乾くだろうと、隣の座席に広げておいた。
動き出した電車は、ゆっくりと田舎を目指す。私はふと窓に映った自分の顔に見入る。
駅を離れてすぐ、太陽の光に阻まれて見えなくなる。しかし、私はあの日の自分を見たような気分になった。
もう二十年以上前のことだ。
いつまでも同居人にとらわれて生きるなんて、本当は嫌で仕方がない。でも、あの頃の生活は私の中に入り込んでいて何をしていても思い出すのだ。
バレーボールの試合も、だらしない格好も、母と娘で歩いている姿を見るだけで、私は同居人を思い出す。
――――
私が中学生、姉が高校生の頃だ。
それは彼が好きなバレーボールをテレビ観戦していた時のこと。春を過ぎ、少し暑くなってきた時期だ。
伸びきったシャツにステテコなんていう格好で座っている彼が気に入らない。同じ部屋の空気を吸うことも嫌だった。
思春期で反抗期だったのもあるが、同居人の存在が嫌いで仕方なかった。
始まりは彼の一言だ。
「お前はちっとも成績が上がらないな」
今まで勉強のことに口出ししなかった彼が突然、私の成績に文句を言った。ふざけるなと、イライラしたことを覚えている。
私は知っている。姉がその日、高校で素晴らしい成績をおさめたのだ。お前はどうなんだと、姉と比べて贔屓して馬鹿にしたいのは見え見えだ。
「汚い」
そんな言葉で彼を罵った。
「汚物みたいなあんたに、私のなにがわかるわけ? ふざけるな!」
ずっと溜めていたものが一気に溢れ出るような感じだ。私は自分が抑えられず、様々な暴言を吐いた。泣きながら、訴えるように、贔屓はやめて欲しいと叫びながら。
彼を嫌いになっていく自分が嫌で、幼い日に遊んだ日々を思い出だけにするのは悲しかったから。
ただ、認めて欲しいと思ったのだ。
「言いたいことは、それだけか?」
しかし、彼は変わらぬ口調で告げる。とても冷たい言葉だった。
立ち上がった彼は、とてつもなく大きなものに見えた。岩のように微動だにしないそこから飛び出した手。驚く間もなく、私の世界は真っ白になったのだ。
その日の夜中。目が覚めた私は真っ白な部屋にいて、恐怖がまだ続いているものと勘違いしていた。
しかし、見知らぬ部屋であること。カーテンの向こうは夜の景色で、三階以上の場所であることから、やっと病院だと気づいたのだ。
すでに終わった後だった。
酷く殴られていることは、痛みのせいでわかる。口の中がおかしい。血の味はするし、何かを詰め込んでいるかのように動かしにくい。
痛みは首から上に集中していて、部屋にある鏡に映った自分の最悪の顔に、ただ泣き崩れた。