混乱しました
訳が分からないままヒロイン様に部屋まで送ってもらい、ベッドに倒れ込む。
ここはゲームの世界じゃないの?ゲームだと私が兄様に恋をして兄様のお嫁さんになりたくて、ヒロイン様の邪魔をする。私のことを従妹としか見ていない、むしろ自分に纏わりつく鬱陶しい存在だと思っている従兄様はヒロイン様の為に容赦なく私を切り捨てる。
でも現実は?
私は要兄様に恋なんてしていない。兄様としては慕っているけれど、それ以上の感情はない。だけど、要兄様は私のことがすき?愛している?妻にと、望んでいる?
そんなバカな!確かに過保護だと思っていた。確かに可愛がってもらっている自覚はあった。だから、フラグを折るまではいかなくても少しはいい方向に変わっているのではないかと安心していた。
だけど、でも、
「あー!もう訳わかんない。
父様だって母様だってそんなこと一言も言ってなかったじゃない……」
電話で真実を聞く勇気のない私はふらふらと部屋を抜け出した。
たどり着いたのはやっぱり人気のない中庭で、そこにはわんこが待っててくれて。
撫でようとすると、いつもは大人しく撫でられてくれるわんこが一歩下がった。
何か言いたげなわんこの金色の瞳は少し機嫌が悪そうにも見える。
「わんこ……?」
プイっとそっぽを向かれてしまって私はずーんと落ち込む。
要兄様のことでただでさえ弱っている心が更に抉られた気がしてじわりと涙が溢れそうになる。
チラリとこちらの様子を伺ってきたわんこがそれに気づいたらしく、わんこは慌ててわたしに寄ってきて慰めるようにぺろぺろと私の手を舐める。
「慰めてくれるの?」
「くぅん」
「怒ってたんじゃないの?」
「……」
「あのね、わたし、わからないの」
ぽつり、ぽつりと零し始めた心の澱をわんこは黙って聞いてくれていた。
今度は私が撫でても嫌がらなかった。
「でもね、父様と母様に電話して確認する勇気もないの。
だって本当だって言われたらどうすればいいの?」
ついに零れてしまった涙をわんこは背伸びをして舐めとる。
おいしくなんてないだろうに、精一杯慰めようとしてくれているわんこの優しさに縋りたくなってふわふわの体に抱き着いた。
「わかんないよ。恋なんてしたことないもの」
弱音を吐き続ける私をぽんぽんと慰めるようにわんこのしっぽが叩く。
それが心地良くて、わんこのぬくもりに安心して、わたしはモフモフに顔をうずめたままいつの間にか意識を手放していた。
次に気が付いたら中庭ではなく男女共用スペースの談話室のソファーに寝かされていた。
男物のパーカーを掛けられて。
「起きたか?」
「かざね、せんぱい……?」
「あんなとこで寝るなんて危機感がなさすぎるぞ」
見つけたのが俺だったからよかったものの襲われでもしたらどうするんだ。
眉間に皺を寄せて苦言を漏らす先輩に素直にごめんなさいと謝る。
すると無言でココアが差し出された。
「ありがとうございます」
体を起こしてココアの缶を受け取る。じんわりと両手を温める熱にほっと息を漏らす。
「それ飲んだら部屋に戻れよ」
そう言って談話室を出て行こうとする先輩の服の裾をとっさにつかむ。
「あ、ごめんなさい」
目を見開いて振り返った先輩に慌てて手を放して謝る。
先輩は小さくため息を吐いて、近くのソファーに腰を下ろした。
「……せんぱい、恋ってなんですか?」
「はぁあ!?」
「だって、わたし、分からないんです。
要兄様は私が好きっていうけれど、それは家族の好きとどう違うの?
父様も母様も素敵な恋をして運命の相手を見つけなさいなんていうけど、どうすればいいの?」
また潤んできた瞳に先輩がギョッとした顔をしてアワアワと慌てだす。
その姿が何故か怒っていたはずのわんこが慌てて私を慰めだした姿に重なって、わんこのぬくもりが恋しくなった。
「……恋なんてやろうと思ってできるもんじゃねぇんじゃねぇの?」
「でも!」
「お前の事情も多少知ってるつもりだ。つーかもう噂になってるし」
死にたい。噂って、噂って……!!
「月宮要に潰される覚悟でお前にアプローチしてくるアホも明日から増えるだろうな」
しれっとそんなこと言わないでください!!
「でもまぁ、焦らなくてもいいんじゃねぇの?」
「先輩?」
「もしもの時は俺がお前を連れて逃げてやるよ。家からも月宮要からもな」
冗談交じりでそう笑う先輩に心が少し軽くなる。
「だから、焦るな。焦って妙なのに引っかかる方が問題だ。
恋なんて気づいたら落ちてるもんだって言うし、お前はお前の心を大事にしてればいいんじゃねぇの?」
「……先輩ってロマンチストですよね」
「テメェ、人が真剣に」
「ふふっ、元気出ました。
じゃあ、もしも時は先輩に連れて逃げてもらうってことで、よろしくお願いします」
「おう。
やっぱり、お前は笑ってる方がいいな」
目を細めて優しく笑う先輩に心臓が妙な音を立てて顔が熱くなる。
「っ!お、おやすみなさい!」
「?あぁ、おやすみ」
それを誤魔化すように私は談話室を飛び出した。