一難去ってまた一難。次は回避できません!?
前門の鴉天狗、後門の従兄様。絶対絶命です。
誰か助けてーーー!!
「匡、退け」
「断る、と言ったら?」
威圧するような従兄様の言葉を真っ向から受けてたった鴉天狗。
「もちろん、退かせるだけだ」
「やれるものなら好きにしろ」
一触即発の空気が流れる中、私はすぐさま開いていた窓に足をかけた。
「な!ここは二階だぞ!!」
「……お転婆は治っていないようだな。璃桜」
「きゃーーーーーー!!あんなところに月宮会長と華影先輩が!!!」
追いかけるように足を窓にかけた従兄様に全力で叫ぶ。
棒読みでもなんでもいい。要は従兄様たちを狙うお嬢さん方に聞こえればいい。
ほら、集まってきた。二階を見上げるお嬢さんたちの間を縫って走り出す。
いざという時にお嬢さんたちが駆けつけてくれる校内の方が都合がいいので再び校舎に入る。でも、二階からダイブはそう何回もしたくない。というか逃げ回るのも疲れた。休みたい。そんな思いでふらふら辿り着いたのは一階の端にある第一図書室。専門書など読む人を選ぶ本が多く置かれている第一図書室の利用者は普段から少ない。教師がたまに利用する程度の図書室で、私たち生徒にとってはどこか近寄りがたく、忘れ去れた図書室だ。
滑り込んだそこはしんと静かで、人の気配がない。それでも万が一のことを思って、慎重に奥へと進む。本棚を抜けると読書用の机や椅子が並ぶスペースが広がる。その一番日当たりのいい場所でキラキラ輝く銀髪を見つけた。体から力が抜ける。
「ずるい」
小さな呟きに答える声はない。
机に顔を伏せてすうすうと寝息を立てる先輩を恨めしく見つめる。
隣の椅子を引いて座ってみても起きる気配はなかった。
同じように机に腕をのせて身体を伏せる。
あったかくて気持ちいいなぁ。
無防備な先輩の寝顔を眺めながらこのまま寝てしまおうかと瞼を下ろしかけたその時。
「随分、呑気なものだな」
嘲笑混じりの声にハッと顔をあげて振り返った先には不敵に微笑む男。
「風紀委員長」
「月宮要の寵姫殿の一日を頂くのも悪くない」
「辞退します。どうぞ、よそを当たってください」
自分でもビックリするくらいに冷静な声が出た。
それでも背中には嫌な汗が伝っている。
どうする?ぐるぐると頭で逃げ道を探すが、窓から逃げるにも風音先輩が寝てるし、風紀委員長はじりじりと距離を詰めてきていてそちらからも逃げられない。
叫んだところで人の気配から遠のいたこの場所に誰かが駆けつけてくれるのは何時か。
きっとその間に捕まってしまう。
こうなったら……。
「先輩、ごめんなさい!!」
背に腹は代えられない。
底意地の悪さが滲み出た笑みを浮かべてじりじり迫ってくる風紀委員長に、私は迷うことなく先輩の手を掴んだ。
それとほぼ同時に風紀委員長の手が私を捕まえる。
カシャ。
私が風音先輩の手を掴んだ反対の手を風紀委員長の手が掴んでいるシーンが写真に納められた音だった。
「スクープ!人形姫、月影璃桜さん。風紀委員長と風紀委員とペア。両手に花ですね!」
「…………。私が風音先輩を捕まえた方が早かったので風紀委員長は無しで」
というか、どこに潜んでいたんだ。新聞部。
ずっと後をつけてたの?ずっと見てたの?新聞部こわ。
「……これはどういう状況だ?」
目を覚ました風音先輩は私にがっしり掴まれた腕と静かに絶望する私、きゃあきゃあと一人で盛り上がる新聞部のお姉様、ニヤリと意地悪な笑みを浮かべる風紀委員長を見て顔をひきつらせたのは言うまでもない。
私が絶望に浸っている間に状況を把握したらしい風音先輩は、肺の中の空気全てを吐き出すように大きく息を吐いて、呆れたように風紀委員長を見た。
「風紀委員長自ら風紀を乱してどうすんだよ」
「俺は生徒会の提案したゲームに参加しただけだが?」
「……毎回振り回される下っ端の身にもなれっつーんだよ」
「今回はお前も当事者だろう。
月宮要の歪んだ顔が見ものだな」
「こいつの前で堂々と言うなよ」
頭の上で繰り広げられる不穏な会話に突っ込む気力もなく、いつも以上に死んだ目をする私の頭を先輩がぽんぽんと撫でる。
「いい加減帰ってこい」
「……悪夢だ。そうだ。これは悪い夢に違いない。
起きたらきっと、何もない平穏な日常が……」
「なんだ。思っていたのと随分違うな」
「そうなんです!私は風紀委員長のご期待にそえるようなものではありません!
なので!いっそのことご褒美の一日は風音先輩とお二人で過ごされてください!
私は辞退しますので!!そういう需要もありますよ!!ね?」
食い気味に声をあげる。ついでに新聞部のお姉様も巻き込むのを忘れない。風紀委員長とぽかんとした顔をしたあと何故か腹を抱えて笑い出した。
え、何この人。本当に怖い。思わず一歩下がって風音先輩の背中に隠れる。
呆れを含んだ、もの言いたげな視線がグサグサ突き刺さるけれど、ちょっとそれどころじゃない。
「月影さん、素敵な提案だけれど今回はあくまで一般生徒との一日を特集する企画なの。
それは次の機会にさせてもらうわ」
「そんな機会一生こねぇよ」
風音先輩のツッコミを華麗に無視して新聞部のお姉様は微笑む。
「安心してちょうだい。
一日に密着させてもらうけれど、我々新聞部は隠密に徹して絶対に邪魔しないわ!!」
そういうことじゃない。
思わず渋い顔になる私にようやく笑いをひっこめた風紀委員長が意地悪く口の端を釣り上げる。
「我が校の新聞部は優秀だからな。
このバカげたゲームの最中もつけられているだなんて気づかなかっただろう?」
だからそういうことじゃない。
「っく、ハハッ、だれだ、コレを人形などと言い出したやつは。
おもいっきり表情にでるじゃないか」
「月影、喜べ。たぶん気に入られたぞ。お前。」
渇いた笑みと共に落ちてきた言葉にガバリと風音先輩を仰ぎ見る。
遠い目をしていらっしゃる。
おそるおそる視線を風紀委員長に滑らせると、にこりと微笑まれた。
ぴゃっと風音先輩の背中に引っ込む。
「いじめがいがありそうなところが実に良いな。
拓真、こいつ風紀にいれるからそのつもりでいろ」
「は?」
「月宮の顔が見ものだな。
ああ、そろそろ時間か。俺は先に戻る。お前もほどほどに戻れ」
「は?ちょ、待てよ!!」
颯爽と去っていた風紀委員長が落とした爆弾を処理する暇もなく鬼ごっこ終了のチャイムが鳴る。
講堂に戻り、クラスの列に戻ると死んだ顔をしたヒロイン様と再会した。
心の底から気の毒そうにしていた猫又が事情を説明しようとした瞬間、いつもより5割増しで不機嫌な従兄様がマイクの前に立った。いつもよりキラキラした笑顔で不機嫌さを誤魔化しているらしい従兄様に黄色い悲鳴が上がるが、それどころじゃない。
ヒロイン様が今にもキノコを栽培しそうだ。
正直、私も絶望から抜け出せていないけれど、それ以上に全力で絶望を背負っているヒロイン様を前にすると心配の方が勝ってしまう。
大丈夫かと声をかけようとした瞬間、全てを察した。ステージ上に用意されたスクリーンにデカデカと映し出された写真によってヒロイン様の絶望を嫌でも理解した。
何がどうしてそうなったのか。ヒロイン様の腕とお腹をしっかりと捕まえる従兄様。「事故、事故なんです。どうかご慈悲を」と呟きながらヒロイン様は灰になった。
その後、当然のように両手に花状態の私の写真も映し出されて私も無事死亡しました。




