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「ただいまー」
駄菓子屋での死闘を終えた陽介はあのまま自宅へ帰った。アイスを食べることが今日の陽介の原動力になっていたためその目的を終えた今、陽介は暇人と化したのだ。夏休みの課題は既に終わらせてある。陽介は課題をもらったその日に終わらせてしまおうとするタイプだった。
鍵をかけてから洗面所で手を洗うとそのままリビングのドアを開ける。相変わらずこの家は暑い。陽介は手を顔の横へと移動させ団扇のようにパタパタと扇ぐ。今陽介はこの手を振る動きで風を起こしてるわけだが、正直たいした風は起こせない。寧ろこの手を動かすエネルギーは自分で発生させているのだから非常に効率が悪いと言える。この状況なら出来る限り団扇を使うことをお勧めする。
何が言いたいかと言うと、この家はそんな効率の悪いことをするぐらい暑かった、と言うことだ。
「おーう、帰ったか」
リビングでは父、浩一がテレビでニュースを見ながら寝転がっていた。
朝からずっとこの体制のままだがそこは気にせず冷蔵庫からお茶を取り出し一気に飲み干した。
「美味い」
やはり夏場は冷たいお茶に限ると再認識した。
コップを机に置き畳へ座ると、流れてくるニュースが気になった。
それは超能力者による犯罪についての内容だった。
1人の発火系能力者が友人と口論となり、そのまま喧嘩に発展。そしてその能力で相手に怪我を負わせたというものだ。
「こんな事でニュースになるなんてねえ……。」
怪我と言っても少し火傷をしたレベルなのだが、それでも超能力者が事件を起こしたとなるとこんな些細なことでも大きく取り上げられてしまう。
「まあ、火傷させたのは事実なんだししょうがないんじゃねえの」
超能力者は何かと不遇な扱いをされがちだった。
表面にこそ出さないが、面接など採用するとき超能力者は不利になる。
危ない人間だと思われている。
超能力者と言ったってその能力はたかが知れている。それでも『普通』の人からすれば超能力者、つまり霧嶋町出身者は世間に冷遇されていた。
「お前も気をつけろよー。その能力バレたら軍事利用されて人体実験とかされるかも知れんぞー」
「大丈夫だよ。こんなの使わなきゃバレないし」
そうは言ったが陽介の力は他の能力者とは訳が違った。『時を止める力』。これは世間的に見ても町民からさえも明らかに『普通』じゃなかった。
そこであの少女、舞の事を思い出す。
そう言えばあの子はこの町出身者なのだろうか。この辺では見たことの無い顔だったが、どうなのだろう。
超能力者はこの町にしかいないわけではない。正確な人数は分からないが世界中には『1111事件』以前から、ナチュラルな超能力者がいると言う。
あの子もナチュラルな超能力者なのだろうか。
「なー、ナチュラルって何人ぐらい……」
父にそう訪ねようとした時だった。
バンバンバンバン!といきなりドアを思い切り叩く音がしたかと思うと、ドアの向こうから聞き覚えのある声がした。
「新木!新木!開けて下さい!」
この声は聞き覚えがある。と言うか、さっきまで一緒にいた舞の声だった。
しかし明らかに様子がおかしい。なにをそんなに慌てているのだろうか。
そこで何事かと思ったが立ち上がった。
「なんだなんだ?新木新木って、そんな呼び方する知り合いいたっけなー」
いや、確かに浩一も新木なのだが、この場合の新木は陽介の事だ。
「いや、そんな知り合い父さんにはいねえよ。この新木は俺の事だ」
そう言って陽介は玄関へと向かう。相変わらずドアの向こうからは舞の慌てた声が響いていた。
「おい、舞。そんなに慌ててどうしたよ。今開けてやるからちょっと落ち着け」
ガチャリと鍵を外しドアを開ける。その瞬間、バッと勢い良く舞が部屋の中へと入って来て隅っこの方に座り込んでしまった。
「おいおい、そんなに慌ててどうしたんだ?」
舞はハアハアと息を切らしていた。汗もびっしょりとかいているし、少し怯えているようにも見える。まるで何かから逃げてきた様だ。
「……何かあったのか」
舞は何も答えなかった。
「……」
しばらく考えて台所へ戻る。途中父に何か聞かれたが無視した。食器棚から透明なコップを取り出すと冷蔵庫から冷えた麦茶を取り出しコップへ注いだ。
舞の元へ戻り陽介は舞に麦茶を差し出した。
舞はやはり少し怯えていた。この暑い部屋で震えている。
「取り敢えず、これ飲んどけ」
陽介は舞に麦茶を差し出した。
この季節の冷えた麦茶は最高なのだ。