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『1111事件』。
そんな名前の付いたこの事件は、今から3年前に起こった。
その内容と言うのは、2人の超能力者がこの町『霧嶋町』で壮絶な戦いを繰り広げると言う何とも信じがたいものだった。しかし、事実である。この事件の影響でこの町の住民全てに超能力が発現してしまったのだ。
そんな超能力者だらけのこの町なら様々な事件が起こっても可笑しくはない。だが、その心配は殆ど無かった。その理由は単純である。その能力の殆どがとても非力なものだったからだ。マンガやアニメであるサイコキネシスやパイロキネシスの様な派手な能力はせいぜい椅子を動かすぐらいだとか、ライター程度の火力などで、危険ではあるものの十分対処出来るものだった。
しかし、陽介のそれは明らかに違う。
「時を止める……?」
少女は驚きを隠せない様子だった。
少女のあらゆる事象を見透かす能力も他の能力と比べると明らかに強力なものだ。
だが陽介のそれは、彼女の能力すらも遥かに超えていると言える。いや、そもそも時を止めるなんて普通じゃないのは明らかだ。
「時間を止めるなんて、そんなの信じられない……!」
「嘘じゃねえさ、ほら」
言って陽介は蛇口を捻った。勢いよく水が流れ出す。
「この水の流れを止めてみる」
陽介は人指し指で流れ出す水へ指を指すと一言。
「止まれっ」
そう言った瞬間、流れ出す水がまるで一時停止でもしているかの様にその動きを完全に止めた。
「な……っ!」
「こんな感じで止めれる。止めるのに多分制限は無い。けど、範囲が決まってる」
そう言って水に向かって指していた指を引っ込める。すると、一時停止の様に止まっていた水は、時間が再び動き出したように流れ出した。
陽介は右手の人指し指を伸ばしてみせた。
「この指が指した対象の時間を止められる。別に指じゃなくても対象に指せさえすればいいんだ」
「それで、私の動きを止めてその間に新木はグーからチョキに切り替えてから私の時間を戻したって事ですね……」
そう言ってからバッと顔を上げ、
「そんなの勝てないじゃないですか!」
抗議した。
「それお前が言う!?」
自分もそうやって勝ってきたんじゃないかと言いたい気持ちだった。
「この世界は弱肉強食。俺は相手が子供だろうが容赦はしない。それに、どんな能力でも勝てるって言ったのはお前じゃないか」
「それはそうだけど、そんな能力知らなかったもん!」
少女はだいぶご立腹の様で、敬語喋りじゃなくなっていた。
「まあそんな怒んなって。そのあたり棒で交換してこいよ」
「私は勝負に勝って食べたかったの!」
「じゃあそれ要らないのか?勿体ないから俺がもらっとくけど」
「それはダメ」
即答するとあたり棒をしまった。
「まあ、アイスも食べたことだし、そろそろ俺帰るわ」
そう言ってガラガラと扉を開ける。再び夏の日差しが痛いほど射し込んできて帰るのが億劫になる。
それでも足を一歩踏み出そうとした時、ある事を思い出し、陽介は店内の少女に振り返る。
「そう言えば、名前教えてくれるんだよな」
ジャンケンで勝てば名前を教えると言っていたのをふと思い出したのだ。
「あ、そんな事も言っていましたね。しょうがないです、私の名前を教えましょう」
その後もしょうがないなー、とか色々言ってから少女は名乗った。
「それでは改めて……、私の名前は柏木舞と言います」
柏木舞。それが少女の名前だった。
「普通だな」
第一感想が飛び出した。
「何ですか、その期待外れみたいな反応は」
「いや、こんだけ引き伸ばしてそんな普通の名前ってまずくねえか?名前の一部にDが付いてたり、やたら長い名前とかではないのか??」
「そんな事言ってもしょうがないじゃないですか。可愛いでしょ?これからは舞ちゃんって読んで下さいね♪」
舞ちゃんねえ……。なんだか急に軽くなった気もしたが、そろそろ良い時間になってきている。取りあえず一度家に戻った方が良さそうだ。
「それじゃあ舞ちゃんよ、俺はそろそろ腹も減ってきたし今度こそ家に帰るわ」
「そうですか、それではまたご縁があればお会いましょう」
こうして安田屋を舞台とした高校生と小学生のジャンケンバトルは幕を下ろしたのであった。
「……あぁーーー!!」
安田屋を出てから暫くしてチョコレート少女こと柏木舞は頭を抱えた。
その原因はやはり陽介の持つアビリティにあった。
「やっぱり納得行かない……。あんなの有り得ない」
彼女がこれほどまでに陽介の能力を否定したがるのには理由がある。
「あの時、既に能力は発動させてた……。新木がジャンケンを構え始める前に」
「でもそれなら新木が時を止めてくる事すら私には分かったはず」
「でも全然分かんなかったーーーー!」
腹が立った舞は腹いせに自分の能力を発動させる。瞬間、様々な情報が目の前に浮かび、頭へと入っていく。通行人の会話、思考、建物の中の様子、歴史、やろうと思えば未来予知に近いことも出来る。 ふと空を見上げると空を見透かし宇宙が見えた。
宇宙はいつでも綺麗だ。この星空はいつまでも見ていられる。
だがそんな時、舞は気になる単語を『視た』。
「爆破」
「……爆破?」
辺りを見渡してみる。通行人は七人くらい。声を発したのが周りの民家からの可能性もあるが、この感じは移動している人間から発せられている言葉の気配だった。
「なんだろう。何かの事故?」
「計画は実行……」
また同じ声だ。男の声。それもとても念が強い。
1人、2人、次々と通行人の頭を読むが男は見つからない。それならばと舞は能力の使い方を変え、ピンポイントで男の居場所を見透かした。
「あの人か……」
それは、ラフな格好をした男だった。距離にして30メートル程だろうか。身長は高めで半袖からは鍛えられた腕が覗いていた。大学生ぐらいだろうか。
「どうしよう。全部見た方が良いかな……」
舞の能力を使えば何でも見透かす事が出来るが、まだこの男が何かの事件に関わりがあると言い切れないので頭の中を視る事はなるべく避けたかった。 男はどうやら止まっている黒のワゴン車に乗り組もうとしているようだった。
そこで、舞の思いもしなかった事が起こった。それは男がワゴン車に乗り込んですぐの出来事だった。
「お前、見ているだろ」
「ーーーーーーッ!!?」
恐ろしく念の籠もった声が舞の頭の中に響いた。