魔王 四
その動きの早さに龍玉はあっけにとられた。
着地した虎碧は七星剣の握り具合を確かめながら、剣先をサタンにつきつけた。
(柄が冷たいまま)
香澄は屍魔であり、体温などなく、柄があたたまることはなかった。そのことで、改めて香澄が屍魔であることを思い知るのであった。
「ほう」
感心してデーモンは我が娘を見据えた。拳の上で逆立ちをしていた香澄は腕で跳躍し、サタンから離れたところに着地し。
大剣をつかむ左の剛腕は急に力が抜けて、懸命にひっぱていた源龍は勢いあまって背中からころんでしまうも素早く立ち上がって大剣を構えた。
「お前も、オリハルコンの素質があったか」
同じ碧い目の虎碧とデーモンの視線が交わりあう。
「父としての情け。どうだ、お前も俺と一緒にサタンとひとつにならぬか」
「馬鹿言うな!」
虎碧にかわって龍玉が拒絶するが、肝心の虎碧といえば、瞳をうるませていた。
「お父さん」
子としての気持ちが揺らぐ。
「虎碧、こんな糞親父の言うことなんか聞くことないよ!」
動揺しているのを見た龍玉は必死の思いで叫んだ。こんな父親と一緒になっても、子としての幸せがあるわけがない。
「お前の肉体はサタンへの生け贄としてささげられるが、魂は我とともにサタンに宿る。ともにサタンを魔王を崇め、愚かな人間どもを滅ぼしてやろうではないか」
「お父さん」
「虎碧、聞いちゃだめだ!」
うろたえる虎碧に叫んだ龍玉は、青龍刀をふりかざしだっと駆け出した。
「あ、馬鹿!」
源龍も駆け出す。
サタンは咆哮し、迫る龍玉めがけて拳をぶつける。その剛腕は唸りを上げて龍玉に迫った。
「あ……」
蛮勇ともいえる行為のために、龍玉に拳がぶつけられて、粉々に砕け散る。という有様が虎碧の脳裡に閃いた。
「うわあ!」
という龍玉の悲鳴が響いた。それと同時に、
「うおお!」
という唸り声も耳に飛び込めば。
目の前で、龍玉と源龍が一緒に吹っ飛び。地に背中を打ち付けた。
龍玉に拳がぶつけられる直前、源龍が間に飛び込み、大剣を盾のようにかざして拳を受けたのだ。
その衝撃すさまじく、源龍はたまらず吹っ飛ばされて。龍玉も源龍の背中に当たって一緒に吹っ飛んでしまった。
「いってえ」
忌々しくつぶやきながら源龍は立ち上がり、サタンと胸のデーモンを睨みつけながら大剣を構え。その後ろで龍玉も立ち上がった。幸い大剣が頑丈だったおかげで、さほど打撃を受けてはいなかった。
「源龍、あんた」
「ったく、死に急ぐんじゃねえ。おれを男にしてくれるって約束はどうした」
「こんなときになにを」
「俺も女を知らねえで死にたくねえからな」
「笑止!」
源龍と龍玉の場に合わぬ会話を聞き、デーモンは大笑した。
「我が娘よ、これが人間というものだ」
父の言葉を耳に、虎碧の心は揺れ動いた。
ふと、離れたところにいる香澄を見た。こっちをじっと見つめていて。目が合って、首を縦に振ってうなずいた。
(この人たちと一緒にいたい)
親でさえ与えてくれなかったぬくもりを教えてくれたのは誰か。そう思ったとき、心が決まった。
ふと見れば、源龍の大剣とぶつかった右の剛腕の拳に傷がついている。そのことは源龍と龍玉も見た。
「そうか、オリハルコンなら効くか」
ぺろりと舌なめずりをしながらちらりと虎碧に視線を送れば、
「おおッ!」
「はッ!」
二人同時に掛け声をかけてサタン向かって駆け出した。同じくして龍玉は右にまわり、香澄は無手のまま左にまわった。
「我が娘と思えばこその思いやりを蹴るとは、愚かな。よろしい、お前たちを地獄の業火で焼き尽くしてやろう!」
胸のデーモンが叫ぶや、サタンは大口を開けて。そこから炎があふれ、火龍のごとくうねり四人に襲い掛かる。
「火を吐くのかよ!」
源龍と虎碧は迫る業火を避けて左右にわかれて跳躍すれば、業火は地を舐め、そこは真っ赤になったではないか。同じように業火は左右にまわった香澄と龍玉にも襲い掛かり、それをかわせばもといたところの地を舐め、そこも真っ赤になった。
「げッ!」
思わず声が出てしまう。サタンの業火は首を振らずとも火龍のように自在に動き回って、しかも洞窟内の岩盤をも熱するほどに熱い。これを食らえば、瞬時にして灰にされてしまう。
サタンの業火は四人を追いかけまわして、とてもではないが避けるのに精いっぱいで攻めるどころではない
「ふはは、逃げろ逃げろ!」
デーモンの嘲笑が響く。サタンと一体になり、傲慢なほどに自信をもって四人に負けるなど露ほどにも思っていなかった。




