魔王 三
香澄の瞳にデーモンの禍々しい形相が映し出される。その背後に、サタン。
デーモンの碧い目は不気味に輝いて、大剣をもつ源龍に視線が向けられる。
「第六天女はお前にオリハルコンの剣をたくし、香澄のように屍魔にしてあやつろうとしたのだな」
己の大剣を構えながら、碧い目がさらに冷たく光る。
「俺の剣も同じく、オリハルコンの剣。教えてやろう、オリハルコンの天上界の鉄とは、サタンの肉片のことなのだ」
「なにい?」
言っている意味がとっさにわかりかねた。サタンの肉片を鍛えた、とは。
「見ろ!」
言うや、デーモンは己の大剣を高々と掲げたかと思えば、背後のサタンは猛然とデーモンに襲い掛かった。龍玉に虎碧、源龍、香澄は息をのむ間もなかった。サタンはありあまる力で瞬時にしてデーモンを砕き肉片にしたかと思えば、餓鬼のように肉片を口にほうりこみ鋭い牙で鎧ごと噛み砕き、さらにデーモンのオリハルコンの剣も口に放り込み、肉のように噛み砕いてしまったではないか。
それから突然全身をわなわなと震わせて痙攣をしたかと思えば、同時に胸が隆起してゆく。
最初肉の塊が盛り上がったかのようだったが、それは次第に人の顔へとかたちづくられゆけば、それはデーモンの顔だった。
なんとサタンの胸にデーモンの顔が浮かび上がったのだ。
その顔はかっと目を見開いたかと思えば、大口を開けてたからかに笑いだす。
「見たか、オリハルコンをたくされた者はサタンとひとつになれるのだ。サタンとひとつとなり、世界を滅ぼすのだ!」
「なんじゃあそりゃあ」
歯ぎしりしながら、第六天女が源龍にオリハルコンの剣を渡すときのことが思い出される。
「この剣は常人には触れることもできぬ」
とか言っていたが、源龍には触れることができ、振り回すこともできる。香澄の七星剣も同じように、常人には触れることもできぬと言っていたが。
「俺と香澄は、なにか、サタンに同化されるってのか」
第六天女はそのことを知らなかったらしいが、オリハルコンの剣をもてるということは、そういうことのようだ。
「香澄に源龍とやら、我が同志となれ。と言いたいが、サタンとひとつになれるのは俺だけで十分だ!」
オリハルコンで鍛えられた七星剣を持つ香澄に素質はあったのだろう。屍魔でなく生身の人間であればサタンと同化できるのだが、デーモンに拒まれるまでもない。
「私の願いは、土にかえること……」
ふわりと、風に乗るように進み出たかと思えば剣先をサタンに向けて刺突を見舞おうとし。すかさず龍玉に虎碧、源龍も続いた。
四人が向かってくるのを見てサタンは大口開けて咆哮をとどろかせ、唱和するようにデーモンも叫んだ。
「無駄だッ!」
迫る七星剣などなにごともないかのように避け、サタンの右腕n剛腕は香澄の脳天に迫る。が、香澄は素早く後ろに下がり剛腕をやりすごす。風の破片が鼻を撫で髪を揺らした。
空振りした剛腕は地を砕き、石の破片が飛んだ。
「えやああ!」
龍玉の一喝、香澄と入れ替わるように前に出、青龍刀が唸りを上げて地を砕いた剛腕に迫り、手首をとらえた。それと同時に虎碧は龍玉のわきを抜け、剛腕の肘に斬りつけた。
しかし――
「なッ」
虎碧の剣と龍玉の青龍刀は鋼でも打ったかのような硬い手ごたえをしめし、傷一つつけることができなかった。
「おらあッ!」
虎碧らとは反対側、サタンの左側にまわった源龍は大剣をうならせ、左腕に斬りつければ、蠅でも振り払うかのように左の剛腕を振るい拳を大剣にぶつけようとする。
(望むところだ!)
源龍は退かず、そのまま大剣を拳にぶつけようとしたが。突然動きが止まった。いや、止められてしまった。サタンの指は、迫る大剣をまるで蠅でもつまむかのようにつまんだのである。
動きを止められた源龍は内心驚きながらもかろうじて狼狽をおさえて、大剣をひっぱったが、びくともしない。
「はっはっは、無駄無駄無駄ぁー!」
サタンの胸部のデーモンの嘲りの笑いがこだまする。
得物が効かず剛腕から逃れてさがった龍玉は恨めしくサタンと胸のデーモンを睨み、一方で虎碧は瞳をうるませていた。
(お父さん……)
両親から愛されてなかったとはいえ、子として親の愛情をもとめる気持ちはいかんともしがたかった。
「おわ」
場に合わぬ素っ頓狂な声を源龍はあげた。いつの間にいたのか、香澄は源龍の背後に来ていて、その背を踏み台にして跳躍し、サタンの頭上を飛んでいるのである。
すかさず右の剛腕が振り上げられて香澄に迫る。
「虎碧!」
その名を呼ぶやいなや、香澄は七星剣を虎碧向けて矢のように放った。直後に剛腕が顔面まで迫ったが、咄嗟にもろ手で拳をつかんだかとおもえば、そのまま持ち上げられて拳の逆立ちをする格好となった。
放たれた七星剣は虎碧に迫り、虎碧を貫くかと思われ、
「裏切ったのか!」
反射的に龍玉は叫んで虎碧をかばうように前に出ようとするが。それよりも早い動きで龍玉を前に出させず。迫る七星剣を凝視すれば、柄がこちらを向いているのを見て己の剣を捨てると同時に軽く跳躍して手を差し出し、迫る七星剣の柄をとらえて握った。




