魔王 二
三人と四人は間合いを取り睨み合ったまま動かない。
互いの隙をうかがい、攻めかかる機会を待っているのだ。
(向こうがひとり多い。どうする?)
しかも地力においては香澄と第六天女のふたりにさんざんてこずらされているのだ。そこに白虎女とデーモンが加わり、戦力的に圧倒的に不利のようだった。
期待することがあるとすれば、覚醒した虎碧の力。この少女には念力とでも言うのか無限の力を宿しているようだった。それを自覚しているのか、源龍と龍玉は張りつめた緊張を禁じ得ないのに対し、虎碧には恐れはなく、冷静なものだった。
デーモンが、じり、と一歩進んで一番前に出た。こうして相手を圧迫しようというつもりか。
源龍も負けず嫌いの気が出て、同じように、じり、と地を踏みしめ一歩前に進み一番前に出た。すると、龍玉と虎碧も前に進み、源龍を挟むようにして三人並んだ。
(ほう)
デーモンはこれに内心感心していた。この三人は、物言わずとも互いに信頼しあい、自然と同じ動作をし同列に並び、共に戦おうという息の合ったところを見せた。
虎碧の碧い目は、デーモンの碧い目を見つめていた。
(お父さん……)
異民族の混血であるが、その民族の異なる両親に愛はなく。魔道に堕ちて魔王のために子を産んだ。そんな両親から生まれた己の運命とは。
デーモンは我が娘と対峙しながら、愛情のあの字もなく、冷たく三人を見据えて。大剣を振りかざす機会をうかがっていた。
と思っていたが――
突如デーモンの目がかっと見開かれ、三人は攻めかかってくることを予想し迎え撃つ構えをとった。しかし、デーモンの大剣は己らに向かうことはなかった。
「ぎゃああああ!」
大剣がうなり、女の悲鳴が洞窟内に響きわたり。光苔に照らし出されて赤く光る鮮血が飛び散った。
「なにいッ!」
思わず源龍と龍玉は叫び。虎碧は絶句する。
あろうことか、デーモンの大剣は唸りをあげて右に旋回するや、第六天女と白虎女を木端微塵に打ち砕いてしまったではないか。
打ち砕かれて二人の身体は鮮血を噴き出しながら骨肉もばらばらに吹き飛び。その五体は一瞬にして肉片となって地に撒き散らされた。
大剣は香澄にも迫ったが、すんでのところでかわして事なきを得た。その瞳には、母である第六天女が殺されたことに対して何の感情もないようで。冷静に肉片となった二人の様を見届けるのみ。
反魂玉がころりと転がり。そのそばに第六天女の首が転がる。白虎女の首は脳天を砕かれてその白い髪は血に濡れて真っ赤に染まっていた。
「おのれデーモン、裏切ったのか」
第六天女の首は怨みもたっぷりにデーモンを見上げ、呪いの言葉を吐く。が、怨みも呪いも届かぬとばかりに、冷たく見下される。
「裏切るもなにもない。お前たちも魔王サタンの生け贄なのだ。そもそもこの反魂玉、なにゆえ死人を蘇らせる力をもっているのか、わかっていたのか?」
突然のことに凍りつく三人をよそにデーモンは無残な第六天女の首に唾を吐くようにあざけりの言葉を吐いた。
「この反魂玉は、仏が魔王サタンの魂を封じ込めた水晶玉よ。西域の敦楼でお前がそれを見つけ、さらなる魔道を志して我が西方に白虎女とともにやってきたとき、オレはすぐにそうとわかった」
「それで、我らを躍らせたのか」
「そうだ」
「む、無念……」
言い終えて第六天女の目が閉じられるのと同時に、デーモンの足が踏みつぶし。砕かれた骨肉から血潮が吹き出てデーモンの足を濡らす。
それからすぐに、第六天女の首を踏みつぶしたように、反魂玉を踏めば。玉は粉々に砕けて、散らばる破片の中から真っ赤な火の玉が飛び出し。岩盤のサタンめがけて飛んでいけば。
火の玉が岩盤のサタンとぶつかるや、あっというまに火は燃え広がった。それと同時に、彫刻のようだったサタンの眉がぴくりと動き。次いで口を開け、
「おおおおおお――」
獣のような禍々しい雄叫びが轟き、己を吸い込んでいた岩盤を砕いて炎につつまれながらその全貌をあらわにした。
背丈は人の倍あり、その背には蝙蝠のようなの大きな翼があり、腰からは長い尾が伸びていた。
「これがサタンかよ」
源龍は忌々しく唸りサタンを睨んだが、どうおさえようとしても膝が震えるのをおさえられなかった。龍玉も同じだった。
「お母さん……」
虎碧は目の前で父が母を殺したことに強い衝撃を受けたのにくわえて、サタンの禍々しさから悪寒に襲われてしまっていた。
魂をその身に宿し、燃え盛る業火に身を包んだサタンから受ける恐怖は、まさに魔王としての威厳であった。
サタンの目は肉片へと向けられるや、地を蹴り揺らして駆け出し、地の岩盤ごと肉片をつかみとると。無造作に口に放り込み、牙で噛み砕く。
「うむ」
サタンが肉片を食うのを見て、「サタンの血肉となる喜びを知れ」と死せる第六天女と白虎女に語りかけようとしたデーモンであったが。肉片のそばにいた香澄の姿がないことに気づき、すぐに三人の方を向けば。
香澄は虎碧のそばにいた。
「香澄……」
いつの間にか香澄そばにいたことに少し驚きながらも、虎碧を見つめる瞳に敵意がないことをさとる。
「反魂玉が砕かれ、サタンに魂がもどったことで、屍魔たちは屍にかえるわ」
「ということは」
「私も、長くない」
そのささやきに寂しさなどなく、どこか安堵しているような雰囲気があった。




