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回想 四

 虎碧は香澄と対峙しながら、記憶の断片が奥底から湧き上ってつながってゆくのを感じていた。

 その記憶に、虎碧は全身を震わせる。

「……私は、お母さんを殺した」

「なんだって!?」

 龍玉は耳を疑った。虎碧は母を探しているのが、母を殺したとは。これはどういうことなんだ。

「私はお母さんを殺した。お母さんの心臓を、剣で貫いた」

 襲い来る母。虎碧は「やめてお母さん!」と叫びながら逃げ惑った。しかし白虎女の猛攻すさまじく、いよいよ追い込まれたというとき。その時の記憶はない。だけど、気がつけば、母の心臓を剣で貫いた自分がいた。

 白虎女は胸を血で染め、血を吐きながら、

「無念……」

 と言いながら倒れて、こときれた。

 それからの記憶はなかった。気がつけばどこへゆくでもない、あてどのない旅をしていた。旅をするうちに、どうしてなのか、

「お母さんはどこに……?」

 と、母を探していた。

「あなたはお母さん、白虎女を殺して、気が動転して、自分にそんな嘘をついて。やがてはほんとうにそう自分で信じるようになったのね」

 覚めた声で香澄は虎碧に言った。源龍と龍玉は話が飲み込めず、ちんぷんかんぷんだった。

「ええい!」

 その場の重い空気をぶち破るように源龍が叫ぶ。

「んなこたぁどうでもいいんだよ!」

 大剣を振りかざして香澄に襲いかかる。同時に龍玉は虎碧のもとまで駆けて、肩をつかんで、

「虎碧!」

 と、その碧い目をじっと見据えた。何を言っていいのかわからないが、虎碧がそうとう重いものを背負っていることはわかった。そんなあどけない少女の胸中を思うと、目がにじむのを禁じ得なかった。

「えやあッ!」

 源龍の一喝とともに大剣がうなって香澄に振り下ろされるが、香澄は風に乗るようにひらりと軽くかわした。それからも大剣が迫るが、ひらりひらりとかわしてゆく。

「茶番はもうよい!」

 途端に天から叫びが響いた。それでも虎碧は呆けて、龍玉は驚いて天を見上げて。源龍も一旦後ろに下がって天を見上げた。

 源龍の攻めがとまって、香澄も天を見上げる。

 太陽を背にして、人間が三人、宙にいる。と思う間もなく、目にも止まらぬ早さで落下し、なにごともなく地に着地した。

 ひとりは紫の衣をまとい手には水晶、反魂玉をもつ第六天女であり。もうふたりは、ひとりは見慣れぬ漆黒の甲冑を身にまとい背には源龍のものと同じ大剣を背負っているが、目を引くのは、金の髪に、目は虎碧と同じ碧さ。もうひとりは、白い衣をみにまとっているが、髪も同じように白かった。

「お、お母さん!」

 髪の白い女を見て、虎碧は絶句する。この髪の白い女こそが、虎碧の母、白虎女であったからだ。その母は、死んだのではなかったか。

「あれが虎碧のおふくろさん?」

 龍玉は虎碧のそばにいて白虎女を見据える。その目には、愛情のあの字もなく、黒い瞳は冷たく光っていた。

(なんて冷たい)

 龍玉から見て、白虎女はまるで雪でできているのか、と思うほどに冷たいものを感じて。見ているこちらも悪寒を感じさせられた。

 その横にいる、金の髪に碧い瞳をもつ見慣れぬ装いの剣士。その背にある大剣は、源龍のものと同じ。

(なんだこいつら)

 源龍の目は鋭さを増して、第六天女らを見据えている。あの白い髪の女は虎碧の母親のようだが、なんだか様子がおかしいというのはわかった。それにあの剣士、自分と同じ大剣をもっている。こいつは何者なんだ。

(ややっこしいことになっちまったな)

 虎碧の様子もおかしい。そもそもこの少女は何者なのか。過去になど興味ない源龍でも、気になってしかたなかった。

「どうじゃ、反魂玉でお前の母親は生き返ったのだぞ」

「反魂玉で……」

「そうじゃ。お前の母親、白虎女を魔道に堕としたのは、わらわよ。魔道に堕ち、はるか西方の男と、つまりこの、デーモンという男と交わり、お前が生まれた」

「この人が、お父さん」

 虎碧は戸惑い碧い目を揺らしながらデーモンを見つめた。その顔は、目は冷たく、白虎女同様に愛情のあの字もない。

「そして、この香澄。これは、わらわの娘よ。ともに魔道を志した我が夫、阿修羅との間に生まれた……」

「娘」

 源龍は油断なく香澄をまじまじと見やった。この娘は、屍魔ではなかったのか。

「だが愚かにもは阿修羅は魔道を踏み外し、仏の教えを求めるなどとぬかしおった。じゃによって、我が手で始末し。香澄も殺し、反魂玉で生き返らせた」

「娘を、殺した!?」

 龍玉のまなざしが鋭くなる。香澄が第六天女の娘であったことは驚きだが。魔道に堕ち、娘に手を掛けるとは。人はどこまでも堕ちゆくのだろうか。

「御託は終わりじゃ。お前たちに地獄を見せて、そろって魔王の生け贄としてくれようぞ」

 第六天女の言葉が終わるや、突然地が揺れ、地が割れ。その割れ目は目にも止まらぬ早さで源龍や龍玉、虎碧の足元にまで達し。

 三人はたまらず地の割れ目の中へと落ちていった。

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