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回想 三

「ふう」

 龍玉とともに虎碧の寝顔を眺めていた源龍だが、床に座ったかと思えば、腕を枕にして天井を見上げながら横になった。

「つべこべ考えてもしかたがねーや」

 言いながら目を閉じた。

(なんとまあお気楽な)

 どこかわからぬところでよく寝られるもんだ、と思いつつ、自分も座り背を壁にもたせかけて天井を見上げる。

 その直後、

「う、うーん」

 と、か細い声を漏らしながら虎碧は目を開いた。それを見て、源龍と龍玉そろって起き上がって虎碧のそばに来てしゃがみこんで顔をのぞいた。

「あ……、す、すいません」

 はしたないと、あわてた虎碧は顔を赤らめながら起き上がった。

「恥ずかしいところを見せちゃって」

「いいよいいよ。疲れてたんならしゃーないしゃーない」

 苦笑いしながら龍玉は言う。

(ああ、やっぱり女の子だねえ)

 このような恥じらいは、もう自分にはない。初めての客を相手にするとき、処女と一緒に捨てた。

「……で」

 虎碧が起きたのを見て上半身を起こして腕を組んで、源龍は虎碧を見据えながら言う。

「ここはどこなんだ?」

 屍魔どもから逃げ惑っているとき、虎碧に手を引かれて空を飛び。気が付けば、ここにいた。

 虎碧が導いたことなら、ここがどこか知っているはずだ。

 その予想通り、虎碧は源龍と龍玉を交互に見て頷く。

「ここは、冥界の入り口。私の生まれ育った場所です」

「はあ?」

 源龍と龍玉一緒に声を上げた。今なんて言った?

 冥界?

 冥界といえば、死者の住まう、この世でないところではないか。自分たちは、その入り口にいるという。

 にわかには信じがたい話だった。

(こいつ、頭おかしいんじゃねえか?)

 思わず源龍は眉をひそめる。龍玉といえば目を見開いて虎碧をまじまじと見ている。

(ここが虎碧の生まれ故郷?)

 昔のことを聞くなど野暮なことはしなかったので、虎碧がどこの生まれか全然知らなかったし知るつもりもなかったが。

 まさか、わけのわからない、冥界の入り口などとは。

「ここが冥界の入り口?」

「そうよ、龍お姉さん。私はここでお母さんと十五の時まで暮らしていたわ」

「……」

 絶句し、言葉が出ない。

 源龍と龍玉ふたりして呆然としているとき。にわかに虎碧は全身をびくんと震わせたかと思えば、腰の剣を抜き、だっと駆け出し。なんと窓から飛び降りるではないか。

「な、なんだ!?」

 源龍と龍玉も何事かと得物をたずさえて、階段を駆け下りた。さすがに五重の塔のてっぺんから飛び降りることはできない。しかし、虎碧はそれをした。

「こりゃあ、あいつはいよいよただもんじゃねえぞ」

「そ、そうだね」

 不意に胸騒ぎを覚える。自分はとんでもない娘と一緒になってしまったのだろうか。と思いを巡らせながら一階まで駆け下りて外に出てみれば。

「……!」

 両名咄嗟に獲物を構える。

 虎碧は剣を握りしめながら、香澄と対峙していたが。どこかうろたえているようでもあった。

 そんなうろたえ気味の虎碧に香澄が応えた。

「記憶が戻ったようね」 

「記憶」

 香澄と対峙した途端、脳裡に泉のように記憶が湧き出る。母と過ごした十五年間。それは鮮明に、まるで昨日のことのように思い出される。

 その記憶は、ある日を境にぷっつりと途切れて。気が付けば自分は江湖を旅して、龍玉と出会った。

 その記憶がぷっつりと途切れる直前――

(そうだ、私はお母さんと戦った!)

 まざまざと蘇る記憶。そうだ、母と戦っていた。髪の真っ白な、白虎女びゃっこじょなる女性が、自分の母だ。その母は、我が娘の碧い目が欲しいと、殺そうとした。

「お前の碧い目が欲しい」

 そう言って、剣を振りかざしたのだ。

 その時、ここにいて母と子の戦いを眺めていた者が三人。第六天女と、父親であり、はるか西方の民族の金の髪と碧い瞳をもつ剣士と、香澄。

「ああ!」

 とめどもなく湧き出る記憶に、思わず声が漏れる。そうだ、母は冥界の入り口を守る巫女であった。

 その母が、狂った!

 いや、すでに狂っていた。

 厳しい修行の末に冥界の入り口を守る巫女となった母、白虎女であったが。魔に魅入られて、魂を売り、はるか西方の民族の男とまじわって。そうして虎碧が生まれた。

 だが虎碧は愛の結晶などではなかった。

 虎碧は、母と第六天女が碧い瞳を手に入れるために。また、その血肉は、魔王の生け贄とするために。

 そのために産み落とされた呪われた子だったのだ。

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