回想 二
岩山を下りたときだった。
もうしばらくゆけば町だというところで、ひとり、僧侶が一行の前に立ちはだかった。
僧侶は坊主頭を光らせながら、一行をじっと見据えている。
「なんだい坊さん、お布施ならないよ」
龍玉がにべもなく言い、そのまま通り過ぎようとしたとき。突然、「ぎゃ」という悲鳴があがって、ひとりが弾き飛ばされ。地面に落ちて横たわったまま、ぴくりとも動かない。
「なッ!」
まさか、だった。僧侶は通り過ぎてゆこうとする一行のひとりに拳を見舞ったのだ。拳が頬に直撃した女は吹き飛ばされて、ぴくりとも動かず。この一撃で死んでしまったようだった。
「な、なんだよ坊さん!」
龍玉はとっさに腰の剣を抜き、他の女たちも剣を抜いて身構える。虎碧は突然のことに呆然としている。
「女……」
僧侶はぽそっとつぶやいた。
「女は、悟りをさまたげる邪悪な魔物」
「なんだって?」
「悟りをさまたげる女という女を、我が手で始末することこそ、御仏から与えられた我が使命」
この僧侶が何を言っているのか、龍玉らはよくわからなかったが。自分たちを殺そうというのは、僧侶からほとばしる殺気でわかった。
「いけません!」
虎碧は叫んだ。しかし、龍玉らの耳には入らず、
「この、きちがい坊主め。やっちまいなッ!」
と、龍玉らは僧侶に一斉に飛び掛かった。さっきは油断していたが、五人で心してかかれば勝てるだろうと。
が、しかし――
迫りくる五本の剣に怖じるどころか、落ち着き払った僧侶は目にも止まらぬ早さで剣をかわしながら、次々と拳や蹴りを女たちに見舞ってゆき。そのたびに悲鳴があがる。
龍玉もあやうく顔面に蹴りを食らうところだったがどうにかかわして後ろへと飛びすさった。それから女たちの様子を見れば……。
「み、みんな……!」
僧侶の攻めを受けた女たちは皆倒れてしまって、ぴくりとも動かなかった。皆、やられてしまった。
戦乱で家族を失いながら力を合わせて生きてきた。家族を失った龍玉にとって、彼女らが家族だった。その家族が、わけのわからないきちがい坊主に因縁をつけられ、こんなにあっけなくも殺されてしまうとは。
龍玉の心にとめどもない怒りの炎が吹き上がった。
「だめです」
虎碧だった。怒りに燃える龍玉の腕をつかんで、首を横に振る。
「邪魔するな!」
「だめです、あなたまで殺されてしまいます」
「いいんだよ、あたしもこいつらと一緒に閻魔相手に商売するさ」
捨て鉢になってしまった龍玉は虎碧を振りほどこうとするが、なぜか、その細い手を振りほどけなかった。
「なにをしている!」
僧侶は目をぎらつかせてふたりを睨んでいる。
「たわむれは終わりだ!」
僧侶は地を蹴りふたりに向かって駆け出す。それに合わせるように、虎碧は龍玉から手を離して駆け出せば。その小さな掌が猛然と駆ける僧侶の胸板に打ち付けられて。
その威力強くして、僧侶は後ろへと吹き飛ばされてしまった。
地面に背中をしたたかに打つと同時に、口から血が噴き出す。その様を龍玉は唖然としながら見ている。
(な、なにこの子?)
虎碧からは僧侶のようなほとばしる殺気は感じられない。それなのに、あのような強烈な掌打を繰り出せるとは。
「おのれ……」
僧侶は口から血をたらしながら立ち上がろうとするも、よほど掌打が効いているのか身体に力が入らず立ち上がれず膝をついてしまった。
「おお、御仏よ、我が不甲斐なさを罰したまえ」
殺気は無念に変わって。僧侶は、目をかっとひらいたかと思えば、地面に思いっきり脳天をぶつけた。
頭骨が砕けて。脳漿がもれて。僧侶はそのまま死んでしまった。
(この虎碧って子の強さにかなわなくて、自殺した……)
龍玉はただただ驚くばかりだった。
だが虎碧は勝って嬉しいよりも、僧侶の自殺に心を痛めて碧い目を潤ませていた。
(なにも死ななくても)
寂しいものを感じながら、目を閉じて静かに手を合わせた。虎碧の心の中まで知らず、死んだ五人に手を合わせてくれているのだと思った龍玉も、同じように静かに手を合わせて、女たちの冥福を祈った。
それから、ふたりで穴を掘り女たちを弔って。改めて手を合わせた。
「また天涯孤独の身になっちまったね」
寂しそうに龍玉が言うのを虎碧は静かに見つめていた。
「ああ、あんたには礼を言わなきゃね」
「いえ……」
(このままだと、龍玉さんも自殺しそう……)
途端に心配になった虎碧は龍玉に言った。
「あの、よかったら私と一緒に母を探してくれませんか?」
「あんたのおふくろさんをかい?」
「はい。やっぱりひとりは心細くて」
「……」
突然の申し出に龍玉はすこしためらったが、しばらくして、
「いいよ」
と言った。
「旅は道連れ。まあこれも何かの縁だろうし」
虎碧に声をかけた本当の理由を言うこともできず。せめてもの罪滅ぼしになればと、龍玉は虎碧の申し出を受け入れた。
以後、ふたりは用心棒稼業をしながら、母親探しの旅をするようになったのだった。




