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屍臭の大地 四

「なんだこいつら! 斬っても斬っても、まったくくたばらねえ!」

 兵士のひとりが悲鳴を上げた。謎の軍勢が辰の都・東陽に迫り。これを守備兵一丸となって迎え撃った。都に配属される兵士たちである、おのおのが一騎当千のつわものどもである。

 それが悲鳴を上げて弱音を吐き、次々とやられているのだ。無論都の人民も手当たり次第犠牲にされてゆく。

 恐ろしいのは歯をむき出しにして相手に噛みつき、噛み殺しているところである。

 それに加えて、いかに剣で斬ろうと矛で突こうと、まったく効き目がないのである。

 いかにつわものぞろいの都の兵士であろうと、狼狽することはなはだしかった。

 まず矢を射った。数千本という矢が敵兵を針鼠にした。しかし、勢いおとろえず、矢が効かずついに城壁に達した。城門にも幾千という人数があつまり、体当たりを食らわせ扉を揺るがした。

 この時、兵士たちは異変に気付いた。軍勢であるにも関わらず、どこの軍勢かをしるす旗印がない。そればかりか、兵士の身にまとう甲冑はぼろでほころびが目立ち、まるで敗残兵である。

 その中には平服の、どうにも老若男女の一般の人民と思われる者がいるではないか。それらが一斉に都に攻め寄せているのだ。

 それが、矢など一切効かず、城壁に迫ってきて。近くまで来て、その形相を見たとき、兵士たちは怖気を禁じ得なかった。血走った目を見開き大口を開けて、人と言うよりは獣とも言うべき凶悪さである。

 それが城壁をよじのぼる、城門に体当たりをする。それだけではない、中にはかがんで穴を掘る者まであった。

 数こそ多いが、その動きはでたらめである。まったく統率のとの字もない、軍隊というよりは自我を失った暴動である。

 それならば簡単に返り討ちにできるであろうが、できない。矢が効かぬのである。脳天に矢を受けても、平然として城壁をよじのぼってくるのである。全身矢で針鼠になりながらも幼児が城壁をのぼる様を見た兵士は、唖然とせざるをえなかった。

「なんなのだこやつらは!」

 城兵を指揮する指揮官たちさえ、動揺を禁じ得なかった。

 すると、城壁の内側から「わっ」という叫びがいくつもあがった。何事かと思えば、地中から次々と寄せ手が飛び出してくる。そう、穴を掘っていたのは、地中を通り城内に入るためであった。

「人間業ではない。こやつら、ば、化け物なのか……」

 その化け物が地上に出た途端に、城門へと走り、守備兵を噛み殺し。かんぬきを外し、城門を開いたのである。そこから一気に寄せ手は城内へとなだれ込んだ。

 同時に城壁をよじのぼっていた者らもてっぺんに達し。矢を放っていた守備兵に襲いかかり、一瞬にして血祭りにあげてしまった。

「こ、これは、魔界の扉が開かれたのか」

 そう言った兵士も、目の前に迫った者らに全身噛みつかれて、足掻きながらも一瞬にしてぼろ布のようにされてしまった。

 その兵士が言ったように、辰の都・東陽は、魔界の扉より現われ来たる魔物たちに蹂躙されているとしか言いようのない惨状であった。

「あやつらには刃もなにも効かず、魔獣そのもののようでございます。ここはいっときの恥を忍ばれて都よりお逃げあそばされる以外に道はないかと存じます」

 衛兵は必死の思いで訴えた。その時、天宮においても次々と耳をつんざく悲鳴が響き渡った。

「馬鹿な」

 悲鳴を耳にし、陽帝は魂が抜けたように腑抜けてしまった。辰という国をつくり、天下を制するまでのいったいどれほどまでの労苦が、血が流れたことか

 幾多もの修羅場をくぐり抜け、艱難辛苦の末に、皇帝となった。それは、多くの人柱の上に国を建てた、ということでもある。

 その人柱が、こういうかたちで皇帝に、辰に報いているのであろうか。

(もしそうならば、自分はいったいなんのために戦ってきたのであろうか)

 無限とも思える虚無感が陽帝を襲った。

「ひ、ひいい、お前は」

 皇后が悲鳴を上げた。立ちはだかる衛兵たちを薙ぎ倒しながら迫るのは、あの側室であった。拷問を受け全身傷だらけでまともに動くことができぬはずなのに、いましめを解いて自分に襲いかかってきているのである。その形相、まさに凶悪そのものである。

「わらわは夢を、悪い夢を見ているのか」

 身体がすくみ、金縛りになったように動けなくなって。側室は血走った眼を見開き大口を開け歯をむき出しにして迫ってきて。途中衛兵らが止めようとするも効き目なく、ついに皇后の目の前に迫って。

 その首筋に噛みついた。

「ぎゃああ!――」

 苦痛から皇后は悲鳴を上げた。

「陛下、危のうございます!」

 跪いていた衛兵は立ち上がって陽帝の手を引いて、逃げようとし。その周りにも衛兵があつまって。皆でひと塊になって、危機を突破しようとする。

「陛下! 陛下!」

 哀れにも置き去りにされた皇后は叫んだ。血を吐きながら喉の破れんがばかりに叫んだ。だが陽帝は遠ざかるのみ。

 捨てられた絶望感に打ちひしがられながら、抵抗など無駄で、獣、いや、魔物となった側室に全身を噛み破られ血まみれになってゆく一方であった。

「ああ、陛下、お怨みいたしまする」

 全身を噛み砕かれながら、遠ざかる陽帝に向けて呪いの言葉を吐いて、こと切れようとしたとき。あの、化け物となった孫健が襲い掛かって。迎え撃つ衛兵らを薙ぎ倒して飛びついて、同じように噛みついた。

 陽帝は手足をじたばたさせるが効き目なく、孫健に押し倒されて、皇后と同じように全身噛みつかれて苦痛からもがき苦しんでいた。

 その様を見て、皇后は血に濡れた口元をゆがませて、白目をむいてこと切れた。

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