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屍臭の大地 二

「ところで」

 皇后の背中に手を回したまま、耳に直にささやくように陽帝は言った。

「あれは、どうなっている」

「あれ、ですか?」

「そうだ。ちょっと見てみたい」

「あんな醜い汚物など」

「醜い汚物なればこそだ」

「まあ」

 陽帝の言葉に、皇后はおかしそうに「うふふ」と笑った。

「では、ゆきましょうか」 

 と言うとふたりは離れて。陽帝は歩きだし。三歩さがった距離で皇后がついてゆき。さらにその後ろに臣下や侍女が続いて。後宮を出ると、天宮の敷地内にあるある建物へと来た。

 その建物は多くの兵が厳重に警戒していた。

 兵は一行を見てうやうやしく礼をして扉を開けた。中に入ると、むん、と鼻をもむような異臭がした。

「あいかわらず、血が臭いな」

 陽帝はぽそっとつぶやき、皇后は微笑みながらうなずいた。

 臣下や侍女は建物の外で待ち、入れ替わりに数名の兵がふたりについた。

「しかし……」

 陽帝はため息まじりに言った。

「殺しても殺しても、予に逆らう者は消えず。果てがない。ここでもどれほどの反逆者を拷問にかけ、殺したことか」

 そう言う陽帝の目の前には、禍々しい数々の拷問用具が置かれた棚があった。その棚の横には拷問吏がうやうやしく礼をしていた。

 その横には、天井からつるされた縄で手を縛られつりさげられている傷だらけの女。その顔は端正で身も卑しからず。しかし着る服はところどころ裂け、そこから傷が見える。

「まだ生きてたのかえ」

 皇后は冷たく言い放った。陽帝は黙ってその女をじっと見ている。

(かつてはその肌を愛した女だが……)

 かつては側室として寵愛していたその女は、拷問を受けている。

「無様じゃな。皇帝陛下のお命を狙った報いじゃ」

「わたくしはそのようなことなど」

 女の言う事に耳を貸さず、ふん、と一笑に付した。

(まあよい。邪魔者の無残な様をとくと見てやろう)

 この女は陽帝の側室であったが、ある日、謀反の疑いがかけられ。拷問によってことの真相を聞き出そうとするが、一向に謀反を認めようとしない。認めないのも当たり前。謀反は皇后のでっち上げなのだから。

 この女は、自分より愛されている。そう思ったとき皇后の嫉妬の炎が燃え広がり、側室を惨たらしい目にあわせていた。

(殺そうと思えば殺せるが。この女から謀反のたくらみを吐き出させねば意味がない)

 陽帝の寵愛した女である。ただ殺すだけではその心をこちらに振り向かせることはできない。だから拷問にかけて謀反をくわだてていたことを告白させるのだ。無論、拷問の辛さに耐えかねての、嘘の告白であるが。

 が、なかなかどうして、しぶとい女である。

「陛下、わたくしの愛はほんとうでございます。どうして謀反などくわだてましょう」

 女のそのか細い声を聞いて、嫉妬の炎が燃え上がる。このまま拷問に耐え続けて謀反を認めなければ、陽帝もさすがに「これはおかしい」と気付くのではないか。

 陽帝は冷たいながらも目をじっと女に向けている。

 それを見て、どうしてくれよう、と思ったときであった。

「申し上げます!」

 という声がした。陽帝は面倒くさそうに「あとにせよ」と言ったが、

「火急のことにて。謎の軍勢が東陽に向かってきておるのです!」

 それを聞き、一気に緊張が周囲を駆け巡った。

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