覚醒 四
「まあ、これからが楽しみじゃな」
その声がしたと思えば、夜闇はさらに深まり。気が付けば、城内には生きている人間はおらず。屍魔どもがひたすらに屍肉を貪りあう共食いをしているのみだった。
そのころ、虎碧に龍玉を担いだ源龍は駆けたてい、遮二無二に駆けていた。
しかし虎碧はどこにゆこうとしているのだろう。まさかあてずっぽうではしっているわけではあるまいが。
源龍と龍玉はそこはかとない不安をおぼえながら虎碧についていった。が、永遠に走り続けられるわけもない。さすがに源龍は限界を感じて、足の動きが鈍くなってきた。
竜巻はまだうなりをあげて屍魔どもを吹き飛ばしているが、それでも全滅させられるわけでもなく。四方八方からとめどもなく湧いてくる。
いったいどのくらいに増えたというのだろう。
足を止めれば屍魔どもに取り囲まれて食い殺されて、屍魔になってしまう。そんなのはごめんだった。
「源龍さん」
突然、虎碧は足を止めた。と同時に竜巻が消え、刃が音を立てて地に落ちてゆく。その落ちる刃の多さを見て、
(こいつはどんな念力をつかったってんだ)
と、驚きを禁じ得ない。
が、ゆっくり考えることもできない。それでも虎碧は足を止めた。龍玉を担いだまま、源龍は苛立たしく虎碧を睨んだ。担がれる龍玉も不審をおぼえる。
「なんだ、どうしたってんだ」
「私、飛べます」
「なに?」
何を言っているんだこいつは、と思う間もない。虎碧は源龍のもとへ駆けたかと思うと腕をつかむや、地を蹴り跳躍すれば。そのまま虎碧は宙に浮き、引っ張られる源龍も一緒に宙に浮いた。
「な、なんだこりゃ!」
源龍と担がれる龍玉は目を丸くして、下界を見下ろす。屍魔どもが自分たちを見上げながらうなっている。
「どうなってんだ?」
ただただ驚くばかりである。虎碧は、いったい何者なのだろう。なぜこのような神業ともいえることができるのであろうか。
そしてどこに向かっているのであろう。
「……、ん?」
気が付けば、自分は横たわっていて。閉じられた目をゆっくりと開く。
夢を見ていたのだろうか。それにしてもなんという荒唐無稽な夢だったのだろう。と、上半身を起こしてはっきりと目を開いた。
「……ここはどこだ?」
「え、なに、なんだい?」
隣には龍玉がいて、源龍と同じように半身を起して周囲を見渡す。
なにかの木造建築物の部屋の中だった。窓から陽の光が差し込んで、中は比較的明るい。
いつの間に来たのだろう。ふと、ふたりの視線の先には、幼子のように体を丸めて眠る虎碧の姿があった。
その寝顔を見ながら、それまでのことを思い返す。確か、わけもわからぬままに虎碧と一緒に飛んで、それから何も覚えていない。
まだ眠っていて、夢の中なのだろうか。といぶかしい思いを抱きながらふたりは立って。窓から外をのぞいてみた。
「……!」
窓から顔を出したまま、ふたりはまた絶句した。
自分たちは五重の塔の最上階にいる。それだけならそれほど驚かないが、その五重の塔の周辺は森林に囲まれている。その森林の木々は、なんと五重の塔より高く、視界を遮り。まるで密林の中に閉じ込められたようだ。
上を向いて空を見上げれば、太陽が中天に昇って下界を照らしている。
いったいここはどこだ?
ふたりは肩を寄せ合ったまま唖然として、一緒に振り返って、眠れる虎碧を見つめた。
虎碧は、自分たちをどこに連れてきたのだろうか。




