覚醒 三
そもそも、忘れてしまいそうだが、香澄も屍魔なのだ。第六天女の反魂玉によって操られているのだろうが、これもそうなのだろうか。
などと、香澄が立ち止った理由を考える余裕はなく。
虎碧は右手の人差し指と中指を眉間のすぐ前で立てて、刃の竜巻を凝視しながら駆け。源龍も、
「重いぜちきしょう」
などとつぶやきながら駆けて、聞こえた龍玉はむっとして尻を叩いた。
刃の竜巻通り過ぎた後は、不気味に痙攣しながらも、粉々に砕かれた屍魔の破片が残るのみ。
その中を、香澄は、刃の竜巻を見送って。やがては、遠ざかって見えなくなって。
空を見上げる。
気が付けば、太陽は沈もうとして夜のとばりが落ちようとして、あたりは薄暗くなろうとしていた。
三人を見送った香澄は回れ右して城へと戻っていった。
主の第六天女は冷たく微笑んで香澄を見つめていた。城内の屍魔どもはたちすくんで、あたりをうろうろするばかりで襲う気配がない。反魂玉でそういう風にしているのだろうが、やがては互いにつかみ合って噛み合って共食いをはじめた。
もうここの屍魔には用はなくなり、始末している、というところか。
「ふっ……」
あたりが夜闇に包まれそうな中、夜目が効くのか第六天女は暗くなるのを気にするでもなく。香澄を見つめて冷たく微笑み、それから、
「そなたらも来ていたのかえ」
と、つぶやき視線を上に向ければ。いつの間にか、城壁に誰か、ふたりの者が立って城内を見下ろしていた。
「そなたらの娘は立派に成長しておるな。親としては嬉しいであろう」
その言葉に応えるでもなく、ふたりは城壁から飛び降りた。高さがある。常人であれば身体は粉々に砕け散るであろう。しかし、ふたりは飛び降りてすぐに壁面に足をつけるや、まる足がくっついているかのように壁面を駆けくだって。
ついにはそのまま地に降り立ち。そのままの勢いで、香澄の横まで駆けて。第六天女と対面した。それは男と女だった。
「久しぶりじゃの。白虎女に、デーモンよ」
白虎女と呼ばれた女は、腰まで伸びる髪はすべて白いが老女ではなく、肌も白く若々しく。そしてどこか儚く、黙っていればそのまま世闇の中へと溶け込んでしまいそうだ。それでいて、瞳は吸い込まれそうなほどに黒い。
服も白装束と白い。得物はなく無手。
その隣、白虎女より頭一つ分背の高い、デーモンと呼ばれた男は、なんと碧い目をしていた。そればかりか、鼻は高く髪は金色。肌の色は白虎女と同じくらいにい白い。
いかに多種多様な人々のあるとはいえ、このような容姿は辰では見ず。常人が見れば驚くであろうが、第六天女は驚かない。
デーモンは全身を黒光りする鋼鉄の鎧で覆い。背中には源龍のものと同じくらいに大きな剣を背負っている。
白虎女は第六天女と見つめあっていたが、ふっ、と含みのある笑みを浮かべる。
「ええ、見たわ。虎碧はほんとうに立派になって。ねえ、あなた」
あなたと呼ばれたデーモンは碧い目を冷たく光らせている。
「あれならば、魔王サタンのよき生け贄となるだろう」
それを聞いて第六天女の目が光る。
「その際、あの娘の碧い目は」
「ええ、もちろんあなたにあげるわ」
「その約束、たがえるでないぞ」
言われて白虎女は「ふふふ」と笑った。
「自慢の黒髪が真っ白になるほどの苦行の末に力を得たれども、まだ足りぬか。強欲な女じゃな」
白虎女の笑いに第六天女も笑って応える。




