触手 一
屍魔が辰や孫健の軍勢を怒涛のように飲み込む一方で、源龍や龍玉、虎碧は触手の化け物と化した劉善と対峙していた。
剣で刺された傷穴から数十本という触手が生え、まるで熊と毛虫のあいのことでもいおうか。とにかく、源龍や龍玉はともかく虎碧はあまりのおぞましい姿に吐き気を催し顔は青白く、剣を構えるのがやっとのようだった。
そんな虎碧を見て「ふっ」と不気味に微笑んだ第六天女が虎碧を指させば、化け物の劉善は四つの足で地を蹴って、虎碧向かって駆け出した。
「い、いや!」
触手一本一本が意志ある生き物のように自在にゆらゆらとうごめいて、化け物のらんらんと光り血走る目は虎碧を凝視していた。
「やらせはしないよ!」
龍玉は化け物劉善の狙いが虎碧であるのを察して咄嗟に前に立ちはだかって、青龍刀の刃先を向けた。源龍もそれに続く、かと思われたが、
「キモいのはお前らにまかせたぜ!」
と言うやまっすぐに香澄めがけて駆け出すではないか。
「薄情者!」
源龍の背中にそう吐き捨てながら、迫る化け物劉善の脳天めがけて青龍刀を振り上げ振り下ろした。その後ろで虎碧はかろうじて正気をたもっている。
青龍刀の刃先は化け物劉善の脳天に迫ったが。数本の触手が突如素早い動きを見せて、太い刃に巻きついたではないか。
「なッ!」
触手はぎゅっと青龍刀の刃身をしめつけているにもかかわらず、切れることもなく、その力は強く龍玉がどう動かそうとしてもぴくりとも動かなかった。
それをよそに源龍は大剣を振りかざして香澄に迫る。ということは、第六天女にも迫ることになる。
「あいかわらず馬鹿じゃな」
意地の悪い笑みを浮かべれば、何を言われたわけでもないのに香澄は七星剣を構えて駆け出す。
「うおお――」
大喝一声、源龍は大剣をまっすぐ構えて香澄の顔面めがけて鋭い突きをくらわそうとし。迫る剣先が目と鼻の先まで来たとき、香澄は慣性を無視するように刹那の早さで後ろへと滑ってゆき。それを大剣の剣先が追った。
香澄の目は涼やかなもので、一切の焦りも恐怖もなかった。と思う間もない、突然止まり顔をわずかにずらせば、頬すれすれのところを大剣の剣身が風を切って駆けてゆき。
力任せに大剣を香澄の頬にぶつけようとすれば、ふっ、と香澄の姿が消えた。
「ちぃ」
源龍は舌打ちしながら跳躍すれば、足のすぐ下を七星剣が風を切っていった。咄嗟に足を前後地につくほどに開いて身を下げざまに七星剣を源龍の腹めがけて突き出したのであった。もう少し遅れていれば、腹は貫かれていた。
今度は七星剣の剣身めがけて足が勢いよく降ろされようとすれば、さっと剣身は退いて、香澄も立ちあがって滑るように第六天女のもとまで戻るのと同時に源龍は着地し大剣を構えて。
挑発するように香澄は七星剣の剣先を源龍に向けた。




