屍魔が屍魔呼ぶ餓鬼地獄 八
そのころ、劉善と合流すべく進軍していた孫健の軍勢であったが。先に物見に行っていた斥候が息を切らして戻ってきて、
「反乱ならず、劉善殿討ち死に!」
と告げた。
その報せを聞いた孫健は軍勢をとめ、臣下らをそばに呼び寄せて、これからどうするのかを話し合った。
「やむをえませぬ。ここは領土に戻るしかないでしょう」
「しかし、劉善殿が敗れたなら、我らの動きも察知されていることであろう」
「考えたくはないが、辰軍はすでに我らが領土に攻め込んでいるかもしれませぬ」
「ううむ――」
臣下の言葉を聞き、孫健は馬上で考えを巡らせた。彼は劉善と違い精悍な男だった。太い眉の下の目も力強さをあらわして鋭いものだった。
「かくなるうえは」
孫健は臣下らを見回して言った。
「このまま突き進んで、辰に目にもの見せてくれよう」
その言葉に臣下らは「おお」とうなった。
「ゆかれるのですか」
「おうさ。こうなればどうせ勝ち目はない。いずれにしても死はまぬがれまい。ならば、我らの意地を見せて華々しく散ってやろうではないか」
「……」
臣下らは言葉が出ない。ある程度覚悟はしていたが、この状況下ではどうしても覚悟が萎えてしまう。しかし孫健はむしろ覚悟がかたくなったようだった。
「無理にとは言わぬ。望む者だけついてこい」
それだけ言い、
「ゆくぞ!」
と言おうとしたとき、
「辰軍らしき軍勢が我らに向かっております!」
という報告が飛び込んだ。その言葉通り、軍勢が突き進んでいると思われる地響きがしている。
「もう来たか」
孫健は剣を抜いた。
同時にけたたましい悲鳴が天を突くように響いた。敵の猛攻に遭って、おめおめと蹴散らされていると思った孫健は「ちっ」と苦々しく舌打ちし、
「辰よ、知れ! 孫健なる反逆者がいたことを!」
と馬を駆けさせた。
駆けさせて、目の前に飛び込む光景。人が人に食らいつき。骨肉を噛み砕き、傷口をしゃぶりあふれ出る血を吸う、という悲惨な光景。
「なんだこれは!」
度胸のある孫健もさすがにこれには度胆を抜かれた。
「餓鬼が地獄から湧いて出たというのか」
傘下の将兵らが食い殺される様を目にして、怖気を禁じ得なかった。
孫健は屍魔など知らぬ。だが知っていたとて、どうしようもなかったろう。
「おのれ物の怪め!」
勇気を振り絞り孫健は剣を閃かせて、屍魔の首を刎ねた。が、しかし。刎ねられた首は口を開けて、その肩に食らいついた。
肩の骨肉に歯が食い込み、激しい苦痛が襲い掛かる。
「こ、これは――」
驚き戸惑い、混乱し。そうする間に屍魔どもは群がり寄って、馬に一斉に噛みつき。同時に孫健の脚に食らいつく。
「おお、おおお――」
剣を振るうも屍魔には効かず。愛馬とともに断末魔の悲鳴をあげながら、屍魔に食われるがままであった。




