屍魔が屍魔呼ぶ餓鬼地獄 七
「なにがあったんだ」
といぶかしむ者たちの視線の向こうに、また何者かの群れが見える。見れば、劉善の兵や城内の人民らしき者たちだが、その中に辰軍の兵もまじっている。
「なにをやっとるんだ?」
さすがにいぶかしさを通り越して不気味なものを覚えた、と思う間もない。群れが軍勢に飛び込むやいなや、手当たり次第に辰軍の将兵らは噛みつかれていった。
「な、なんじゃこやつらは!」
「お前たち狂ったか!」
まさか噛みつくなど思いもしなかったから、意表を突かれてされるがままだった。無論やられっぱなしではない。得物をもって応戦はした。が、意味はなかった。
首を、手を、足を斬り落とされたとて動きは止まらぬどころか、その落とされた首や手、足がまるで意志のある動物のように襲い掛かってくるのだ。
「こ、これはいったい!」
辰軍の将兵らは屍魔など知らぬ。
あまりの出来事にひたすら混乱し、次から次へと骨肉噛み砕かれる者が続出する一方で。たちまちのうちに屍は列をなして重なり山をなし、血はとめどもなく流れて池とたまって河と流れてゆく。
それを屍魔が踏み越えてゆき、骨肉に血潮は泥濘とまじわり。あっという間に屍肉と血の池と川の地獄の園ができあがった。
その泥濘から蓮の花のごとく屍魔は起き上がり、生ける者の骨肉をもとめて駆け出し。さらに犠牲者は増え、それにともない屍魔も増える一方であった。
そんなことが起こっているのをよそに、城内で屍魔に囲まれている源龍に龍玉、虎碧の前に、林立する屍魔どもの中から第六天女と香澄が姿を見せた。
源龍はかっと目を見開いて大剣を振り上げ、
「うおおおー!」
と咆哮して第六天女向かって駆け出した。だが――
刹那の動きを見せた香澄が前に出て、七星剣をもって振り下ろされる大剣を止めた。
「邪魔するな!」
剣の身をもって押し合いしながら源龍は蹴りを繰り出すが、香澄は目にも止まらぬ早さで跳躍して蹴りをかわし。忌々しく顔を上げる源龍を見下ろす。
「ふふふ、今日も楽しめそうじゃな」
第六天女の口元が妖しくゆがんだ。それと同時に、どどど、という地響きがし。源龍は大剣を構えなおして身構え。龍玉と虎碧もそれにつづき。その間に香澄は第六天女のそばで着地した。
気が付けば、屍魔の動きが止まっている。第六天女が反魂玉の力をもって止めたのだろう。
虎碧は、あらためて周りを見回せば、生きている人間は自分たち以外に、もう、いなかった。
死して横たわる人々も、次々と体を起こして、生気のないうつろな目で三人を見据えている。
それよりも、三人は地響きに耳をそばだてた。
なにか大きな、熊か猪でも突っ走っているかのような重い地響きであり。それに弾き飛ばされているのだろうか、屍魔が宙を舞ったりし。やがてそれの姿が見えるところまで来れば。
「う……」
思わず虎碧はこみあげるものを覚えて口をおさえて。龍玉も「うげえ」と眉をひそめ。源龍は舌打ちし、「えげつねえ」とつぶやいた。
それは惨殺され屍魔として蘇った反乱軍の総大将、劉善であった。
だがそれは人の姿をとどめていなかった。筋肉は赤くなって異様なまでに盛り上がり、手足を地につけて四つん這いになり。口からは四本の鋭くも大きな牙が生えて。
さらに三人を引かせたものは、剣で突かれてできた傷の穴から、数十本とあろうかという触手が生えていたことだった。
それはこの世の生き物ではなかった。異界からやってきた物の怪であった。
それは第六天女のそばまで来ると、あたまを摺り寄せてなつくそぶりを見せると、いとおしそうに頭をなでる。
「どうじゃ可愛いじゃろ。こやつが今日の相手じゃ」
第六天女は不敵な笑みを浮かべた。




