戦場 二
「将軍が討たれた!」
龍玉が討った武将はそれなりの立場にあったようで、落馬しぴくりとも動かぬ様を見た反乱軍の将兵らは動揺をきたして動きが鈍くなった。
これを辰の大将は素早く察して、
「それ、敵は崩れたぞ!」
と檄を飛ばして全軍一斉に突撃させれば、反乱軍はなすすべもなくもろくも崩れ去ってゆき、背中からいいように斬りつけられる有様であった。
「え、なに、あたしら勝ってるの? じゃ褒美にありつけるね!」
自分が戦局を変えたことに気付かず、「楽勝楽勝♪」とはなうたをうたいながら、逃げる兵士などにかまわず龍玉は突っ走り。源龍もあとから続く。
戦局を変えたとはいえ、龍玉が討った者は数人いる武将の中のひとりにすぎない。この戦いに勝利するには、総大将を討たねばならない。
逃げ惑う兵士の間を縫うように突っ走る先に、総大将はいるはずだ、と龍玉は踏んでいた。
「まったく、無邪気なもんだな」
源龍はやや呆れ気味に龍玉を追う。彼女は用心棒稼業こそ手慣れたものだが、戦争に参戦するのは初めてであり、これが初陣であった。
(初陣でなんもかも上手くいくわけねーだろ)
一旦龍玉を止めて落ち着かせようと思ったが、やめた。言ってもどうせ聞くまいし、それなら行くところまで行かせてやろうか、といささかいじわるなことを考える。
しばらく突っ走るうちに、前に何かが見えてきた。幕舎だ。この中に総大将はいる! と、龍玉は駆け足にさらに力を込めて地を蹴り、そのままの勢いで幕舎に突っ込んだ。
「ありゃ?」
幕舎に突っ込んだはいいが、足を止めてきょとんとする。中はもぬけの殻だった。
「あれ、総大将は、総大将は?」
と、あたりをきょろきょろし。外に出てきょろきょろと首を動かすが、総大将らきし人物は見当たらない。
「馬鹿たれ! 逃げたに決まってるだろうが!」
「逃げた!?」
「おめおめと殺される馬鹿がいると思うのか、馬鹿ッ!」
「な、なんですってーッ!」
馬鹿呼ばわりされて龍玉は顔を真っ赤にして青龍刀をかまえる。源龍はますます呆れて眉をひそめる。
「金が欲しいんだろう! 金がほしけりゃとっとと追いかけるんだよ、それくらいわかれ、馬鹿!」
「くッ……」
源龍に馬鹿と言われて腹の虫がおさまらない龍玉ではあるが、確かにそのとおりで、怒りをぐっとこらえて他の将兵らとともに駆け出した。
そのころ、反乱軍の総大将は数名の家臣とともに馬を駆けさせて追っ手からのがれようと必死だった。
しくじれば死あるのみ、であることを承知の上で反乱を起こしたものの。いざ負けが現実のものとなれば動揺は抑えられない。
「御大将、もうしばらくのご辛抱を!」
「もうすこしで城に着きまするぞ、もうすこしの辛抱でございます!」
家臣らがあらんかぎりの声で総大将、劉善を励ます。頼みの綱と思っていた青龍刀の武将が討たれたのは痛かった。それが戦局を決めた。
「野戦では敗れましたが、籠城戦にもちこめば城へと向かっている孫健殿の軍勢でもって辰軍を挟み撃ちにできます!」
劉善は辰によって滅ぼされた燭の王族の生き残りであった。祖国復興の悲願のために反旗を翻したのだが、同じく辰に滅ぼされた娯の王族の生き残りである孫健も反旗を翻し、劉善の軍勢と合流する段取りであった。
しかし辰は素早く反乱を察して素早く軍勢を送り込み、それを迎え撃とうとしたものの、こうして無様に逃げる羽目になってしまった。
「ううむ……」
劉善らは逃げた、逃げに逃げた。その甲斐あって、どうにか城にたどり着き、必死の思いで城内に飛び込んだ。
「は、はあ……」
劉善は城に逃げられた安堵感から力が抜けて、崩れるように馬から降りてへたりこめば。股間と尻がなにかびちゃ、という感触がした。
(漏らした……)
劉善は股間と尻の不快な感触を我慢し、家臣に支えられてほうほうの体で城内中央にある館へと戻るのであった。




