皇帝の憂鬱 一
大陸東方を治める帝国・辰。その帝国の国土の南北に大河が流れて、東の海へと流れている。
その北の大河の河口の北岸に巨大都市あり。この都市こそ、帝国・辰の都、東陽である。
東陽、陽は東から昇る、その輝きは大地を闇から救い出し照らす。辰はこの東陽のある地域から発し、まさに旭日が東から西へと大地を照らすのと同じように大陸東方へと版図を広げ、ついに天下統一にいたった。
その繁栄は都だけあり、巨大建築物ひしめき、人の装いもまた華麗にして、ここは天人の国かと思わせるほどになにもかもが輝いていた。
巨大建築物ひしめく東陽の中央に、頭一つ飛びぬけたひときわ巨大な建築物があり。それこそが皇帝のおわす宮廷であり。技術の粋をあつめた豪奢なつくりから、人はこれを天の宮廷、天宮と呼んだ。
その天宮の中でひときわ広い間があり、そこには正装をした、高い位の、由緒正しいとおぼしき大勢の男たちが集まっていた。
整然と並んで、視線を下にし頭を下げている。
その、正装をし頭を下げている男たちを見下ろす者があった。その者は一段も二段も高いところにおり、鉄甲の鎧を身にまとい、手には鞘におさまる剣を持ち。豪奢な椅子に腰かけている。
目は鋭く顎には髭をたくわえその風貌は、まさに皇帝の威厳をそなえるに十分であった。
そう、この者こそ帝国・辰の皇帝、陽帝であった。
居並ぶ男たちはその臣下たちである。
威厳に圧されて、皆しずかにたたずんでいる。
陽帝は眼光も鋭く臣下たちを見下ろし、
「各地にはびこる賊どもはまだ始末できぬと申すか」
と、低くも図太い声を放ち。臣下らは肝っ玉をつかまれるように萎縮する。
王の間は水を打ったような静けさにおおわれて、だれひとりとして声を発しようとせず。ただ、おびえる子猫のようにふるえるばかり。
「なんとか言ったらどうだ」
皇帝の眼光が臣下らを射抜く。静まりかえる王の間に、ぴんと糸を張ったような緊張感が走ったかと思われると同時に、陽帝は素早い動作で立ち上がり、
「朕を愚弄するか!」
と剣を鞘から抜き放って、ぶうん、と横へなぐように一閃させた。
剣風が吹き荒れたかのように、臣下たちは倒れそうなのをこらえて一斉に跪いた。
「とんでもございません。どうして帝を侮りましょうや」
誰かが勇気を振り絞って声を発した。しかしその声はか細く、陽帝の耳に入るころには、まるで蚊の飛ぶ音のような弱々しさだった。
「ならばなぜ、賊どもは消えぬ」
威圧されて、皆跪きながら背を丸くした。
「若き日に兵を起こしてより幾星霜、ついに我が辰は天下を統一した。かに見えるが、ふん、賊どもはまるで虫のようにたたいてもたたいても湧いてきおるわ」




