剣風 四
宙に舞うといえども、ずっと飛び続けることなどできるわけもなく。引力にひかれて香澄は落下してゆく。
源龍は動かず、香澄が着地するのを見届けると、
「おい、剣を返してやれ」
と、龍玉に言った。
「なんだって?」
「剣を返せと言ったんだ」
「ええ、あんた正気かい!?」
「正気もクソもあるか。返せと言ったら返せっつてんだよ」
ぞんざいな物言いに、龍玉の胸中から動揺は引っ込んで、
「馬っ鹿じゃないの!」
と、思いっきり怒鳴りつけた。
「この娘っこめちゃくちゃ強いのに、それで剣を返したら勝ち目がないでしょうが!」
「つべこべ言わずに返せと言ったら返せ! でなきゃてめえの頭かち割ってやるぞ!」
源龍の鋭いまなざしが龍玉に向けられた。しかし龍玉も強気なもので、それをきっと睨み返すのであった。
「い、いまはそれどころじゃないでしょう」
虎碧は香澄を警戒しながらふたりに言うが、耳に入っていないのか、ふたりは火花散ると思わせるほどに睨み合っている。
その様子を第六天女は可笑しそうに眺めている。
「茶番じゃな」
ぽそっとつぶやくと、それを合図にするように香澄は駆け出した。
龍玉との睨み合いを中断して視線を香澄に向けると、大剣を上段にかまえながら駆けて、迫る香澄の脳天めがけて、大剣はぶうんとうなりを上げて振り下ろされた。
その刹那、香澄は足を止めた。このまま脳天を割られるか、と思われたが。おもむろに両手を上げて広げたかと思うと。
ばしっ、と両手で大剣の腹の部位を挟み込んだではないか。
「んな」
源龍は力を込めて大剣を振り下ろそうとするが、香澄の両手に挟まれた大剣はびくりとも動かない。
「な、なんていう力……」
虎碧も、龍玉も唖然として大剣を止めた香澄を眺めている。あのか細い身体のどこに、そんな力があるのであろうか。
「んなろう……」
ぎりり、と歯ぎしりして源龍はますます腕に力を込めて大剣を振り下ろそうとする。もうこれでもかとばかりに腕に力を込めれば、大剣が少し下がった。見れば香澄の膝が曲がりつつある。
それを見て手ごたえを感じて、源龍はますます力を込める。もう顔が真っ赤だ。その力に圧されて、香澄の膝は徐々に曲がってゆく。
「おああ!」
大喝一声。源龍獣のように吠える。そうすれば力が一気に増して、大剣は一気に下がって。いよいよ香澄の脳天を割ったかと思われたが。
香澄はまだ大剣を両手で挟んで。見れば両足は前後に平らになるまで開いて地についている。その体勢で大剣を受け止めているのだ。
その顔は涼しげで、動揺のどの字もない。
「この……、こしゃくな真似を!」
源龍は叫びながら大剣を振り上げれば、一緒に香澄も振り上げられて。その勢いに身を任せて手を放して頭を下にして宙を舞った。
そこへめがけて大剣が真上に突き出される。が、それもさっきと同じように両手で挟んで。
直立する大剣の上で逆立ちをする格好となった。
源龍と香澄の目が合い、視線が交えられる。
香澄の黒い瞳。その中に源龍が映し出されて。
「……!」
途端に源龍の身体がふるえたかと思うと、突如として膝が曲がってよろけてしまう。
その隙を突いて香澄は手の力で跳ね飛んで宙を舞い、宙返りをすればそのさなかに源龍は膝をつき、肩はがくりと落ちて大剣は音を立てて剣先を地に着けた。
宙を舞う香澄は宙返りをして、その背後に着地するや。龍玉向かって駆ける。
「く、来るか!」
己の剣と七星剣の二剣を構えると同時に、虎碧も横に並び。「やあッ!」と声を上げて香澄向かって駆けた。
龍玉が二剣を突き出すとともに虎碧は跳躍し、上から香澄の頭めがけて蹴りを繰り出した。
それと同時に突然弾かれるようにして香澄は後ろへと跳躍し。標的を失った剣はむなしく空を突き、虎碧の脚もむなしく空を蹴りながら着地せざるを得なかった。
「なんて動き」
その素早い動きをとらえられない。と思えば、向こうにいた香澄が一気に近づいて虎碧の目と鼻の先まで来たではないか。
「えッ!」
と思う間もない。突然胸に衝撃が走ると、虎碧は後ろへ飛ばされてしまった。香澄は掌を突き出していた。目にも止まらぬ動きで掌打を食らわせたようだ。
「虎碧!」
龍玉は驚き目を一瞬虎碧に向けてしまった。と同時に虎碧は背中を地に叩きつけられるようにして落ち。と同時に龍玉の目の前に突如として香澄が迫って。驚く間もなく、七星剣を取られてしまった。
「あッ!」
咄嗟に己の剣を閃かせると同時に香澄も七星剣を閃かせながら後ろへ跳躍すれば。
龍玉の衣の胸の部分、両の乳房の間を縫うようにして縦線が走って。その線がぱっくりと開いて、龍玉の胸の谷間があらわになった。
「わ、わ」
龍玉が慌てて手で谷間を隠す間に、香澄は駆け去って。第六天女の横につけていた。




