龍玉と虎碧 三
さて無間道士と龍玉。雑魚どもがわっと逃げ出す様が目に入り、いよいよ危機に陥ったと危機感を募らせ。
「待った!」
と龍玉への攻めの手を止め、一歩後ろへ下がる。
「どうしたの、怖気ついたのかい?」
小馬鹿にするような龍玉の声。右手を下げ、剣の切っ先は地に向けて。左手は腰にかけて。おどけた笑みを浮かべている。
男なら通常その笑みを見て、嬉しそうにしそうなものだが。無間道士はその奥にある真意が見て取れ、全然嬉しくなれない。むしろ悔しさと憎悪をにじませるのみだった。
雑魚を見送った虎碧は用心し、剣の切っ先を向け、その碧い目で無間道士の動きを注視する。
「さっきは悪かった。改心するのはわしの方だ。今後悪さは働かぬゆえ、どうか見逃してはくれまいか」
目を血走らせつつも、無間道士はしぼり出すようなうめき声でふたりに許しを乞う。だがそれへ返される冷たい言葉。
「助けてくれ、って? 村の人たちも、同じことを言ってたと思うけど。それであんたは、どうしたんだっけ?」
と龍玉はその美しい顔に氷のような冷たさをたたえ、たれ下げていた剣をかかげ切っ先を無間道士に向ける。
丸く黒いその瞳が、青白い炎が浮かんだように光る。と同時に一陣の風のように龍玉は駆け出し、その剣が無間道士の胸板を貫いていた。
瞬時に無間道士の目は、痛みと驚愕と恐怖、そして絶望の色をたたえて。胸板を貫く剣と龍玉を交互に凝視する。
龍玉の冷たくも、刺すような瞳はじっと、無間道士が力尽きるのを見守っていた。
「龍お姉さん!」
慌てて龍玉のもとまで駆け寄る虎碧だったが、間に合わなかった。雑魚どもと同様、命まで取る気はなかったようだが、龍玉はそんな慈悲は持ち合わせていなかったようだった。
「こんなやつ、死んだほうがいいんだよ。でなきゃ、また悪さをする」
それが無間道士が最後に聞いた言葉だった。剣が抜かれると、その黄色い道士服をまとった身体はどおっと崩れ落ちるように倒れ、ぴくりとも動かない。
虎碧の碧い目は、哀れそうにその屍を見つめ、剣を鞘におさめ我知らず手を合わす。
ふう、とため息をつき、龍玉はその様子を見守っていた。無間道士の力尽きてから、氷のような冷たさは影を潜めて、変わって。
「優しいね、虎碧は」
剣を鞘におさめ、続いて手を合わす。まあこれくらいはしてやろうか、というくらいの慈悲は少しでも持っていたようだ。
それから合わせていた手を離し、片手を腰に、片手はぶらぶらと遊ばせて。空を見上げる。空には太陽が恵みの光りを降りそそいで、青い空には白い雲が群れをなして泳いでいる。
「こうでもしなきゃ、いけないってことさ。でも手を汚すのは、あたしがやるから、それで堪忍しておくれ」
そう言うとおもむろに、無間道士を討った証にと龍玉はその手に握られていた剣を取りあげ、虎碧に背中を向け歩き出す。
手を合わせ終え、虎碧も龍玉に続いて歩き出す。後ろも振り返らない。
草原にただひとつ残された無間道士のなきがらは、風に遊ぶ草原の草たちにもてあそばれるように、ついばまれていた。




