第1話:出会い〜結ばれる
琴奈が引っ越すと聞いたのは突然の出来事だった。
僕にとってそれは世界がひっくり返った様なものだった。
急いで彼女にいつ出発するのかを聞いてみた。
「明後日の朝に行くの・・・」
彼女が暗い声で僕にそう言ったのを覚えてる。
引越しの話を聞いたのは火曜日の朝の事だった。
木曜日も、もちろん学校で見送りにもいけそうになかった。
それでも僕は学校を休んで見送りに行くつもりだった。
彼女が行くのはここからは離れすぎたアメリカだった。
何があっても行かないといけないと僕はそう思っていた。
しかし見送りの話を彼女にすると帰ってきたのは驚きの言葉だった。
「見送りにはこないで」
彼女はその時僕がどれほど傷付いたか知っていただろうか。
今になっても時々、僕はそれを考える時がある。
僕達が出会ったのは高校の入学式だった。
希望と不安が入り混じる最初の年のクラスが一緒だった。
最初の席は僕の名前が井上 佑紀と男子の最初だった。
彼女は山本 琴奈と女子の後ろの方だった。
そんな2人が近い席にはなれるはずがなかった。
そういう訳で僕らは最初の1カ月会話すらした事がなかった。
初めて最初に喋った日の事は今でも忘れず覚えている。
あれは入学から1ヶ月以上が過ぎ僕らも学校に慣れている頃だった。
その日は久しぶりに大雨で僕の心を憂鬱にしていた。
傘を差しながらも少しずつ濡れながら僕はバスを待っていた。
10分ほどしてバスがやっと来たという時だった。
僕が歩いてきた方向から1人の女の子が走ってきた。
それが琴奈だったというのは言うまでもない事だ。
僕らは同じバスに乗り込んだ。
雨だったからかその日はバスが異様に込んでいて、
僕達は2人で1番後ろの長い椅子に一緒に座る事になった。
普段は埋まっているはずのその席が空いていたことに、
僕はその時は何も感じなかった。
バスに揺られて5分程経った頃だった思う。
隣に座っていた彼女が僕に声をかけてきた。
「ねぇ、同じクラスの井上君よね?」
「そうだけど、君は確か山本さんだよね?」
これが僕達が最初に交わした言葉だった。
1ヶ月も同じクラスで過ごしたというのに、
僕達はまるで初対面同士の人だった。
「いつもこの時間に帰ってるの?」
彼女は僕にそんな事を聞いてきた。
彼女の声は綺麗で僕はなんとなく声を出すのを躊躇った。
「うん。学校に残っててもする事ないしね」
「部活とかはやらないんだ?」
その点に関しては僕は考えたことがなかった。
基本的に人と関わるのは苦手な僕にとって、
部活に入るという道はないに等しかった。
「山本さんは何か部活に入ってるんだっけ?」
「うん。陸上部よ」
「へぇ。種目は何をやってるの?」
「走り高跳びよ」
「へぇ。凄いね」
本当は何が凄いかなんて分からなかったけど、
僕にはその時そう言っておくことしか出来なかった。
その後、20分ぐらい僕達はお喋りを続けた。
彼女と話すのは他の人と違い安心感みたいなのがあった。
それは多分、僕の心が彼女を受け入れようとしていたのかもしれない。
「それじゃ私はここだから」
下りるのは彼女が先だった。
僕は少し名残惜しい気持ちを残しながらも
「じゃあね」
と、言った。
その時の僕の声がどんなものだったかはもう覚えていない。
バスでの出会いをきっかけに僕達はよく喋るようになった。
時間が経つにつれてそれは大切な物となっていった。
そして次第に僕らは友達になり親友へとなっていった。
その頃から僕は彼女に惹かれはじめていたと思う。
彼女のいろんな事を知りたいと思っていたし、
彼女の顔を見ると少しドキドキしたからだ。
結局、その後は特に進展もなく僕達は普通に過ごした。
だけど、入学から半年が過ぎた10月半ば頃それらは変化を見せた。
その日も放課後になり僕は学校を出てバス停に向かう所だった。
バス停に向かう途中にある喫茶店で僕は彼女を見つけた。
そしてその向かい側に1人の男が座っているのも見えた。
それを見た瞬間、僕の心は酷く傷付いた。
その時、僕は既に彼女の事を好きだと自覚していた。
それが大きく災いして僕は心に大きな傷を作ってしまったのだった。
勿論、あの男が彼氏と決まった訳じゃないが、
僕にとっては一緒にいる所を見ただけでもきついものだった。
それを見た次の日から僕は彼女に対する態度が少し冷たくなった。
彼女はそれにすぐに気付き気まずそうにしていた。
そして僕達の距離は時間もかからず遠いものへとなってしまった。
結局ほとんど喋らないまま2ヶ月が過ぎていた。
世間ではクリスマスで賑やかだったが僕はそうでもなかった。
2カ月が経ってから僕は彼女との事を後悔していた。
それは決してあんな事になっていなかったら、
クリスマスを一緒に過ごせたかもしれないといった気持ちからではない。
ただ、仲良く歩くカップル達を見ていると、
僕にもあれだけ仲良く話せる人がいたのにと思ってしまうものだった。
結局、クリスマスも過ぎそのまま正月とかも何もなく過ぎていった。
少しだけ変化が見られたのは3学期に入って2週間経った頃だった。
僕は熱を出してしまいその日は学校を休むことになった。
元々そんなに体が強くない僕が熱を出すのは毎年のことだった。
今、思えばそんな体質に感謝をすべきなのかもしれない。
夕方の6時を過ぎた頃だったと思う。
僕の携帯に一通のメールが届いた。
体がだるかった僕は見るかどうか迷ったが携帯に手を伸ばし見ることにした。
受信BOXを見るとそこには琴奈とあった。
名前を見た途端、僕は嬉しくなり急いでメールを開いた。
そこには彼女の優しさが伝わってくるような文字が並んでいた。
「体は大丈夫?とても心配したよ。
最近喋ってないからメールしようか迷ったんだけど、
どうしても心配だったからメールしたけど迷惑じゃなかった?
とにかく元気の出るものを食べて早く良くなってね」
彼女の優しさに僕は涙が出そうになった。
僕は彼女の事を避け傷付けたというのに、
彼女は僕の事を本当に心配してくれていたのだ。
僕はすぐに返事を出した。
「ありがとう」と「ごめんね」の気持ちを両方告げた。
彼女との関係の回復が僕を元気にしてくれた。
そのおかげで僕は次の日には学校に行けるようになっていた。
僕達は次の日から夢中になって話した。
今まで話せなかったぶんを取り戻すかのように喋った。
そして僕らはまた親友の関係へと戻っていった。
そしてその頃には2月に入り1週間程過ぎていた頃だった。
2月14日はどことなく生徒は浮ついているようだった。
勿論、僕にもその理由はしっかりと分かっていた。
バレンタインデーと言う言葉は僕に期待と不安を与えていた。
彼女から貰えるかもしれないという期待。
あの男が彼氏なのかもしれないといった不安。
その2つは僕の中で交じり合い僕を落ち着かなくさせていた。
そして最後の授業も終え放課後となっていた。
その時には2つの気持ちは更に大きくなっていた。
僕はいつもより遅く帰宅の準備をしていつもより遅く教室をでた。
そしていつもよりゆっくりバス停へと向かっていった。
そのおかげでいつもより1つ後のバスに乗るはめになった。
そこまでしたのに結局、僕にチョコが渡されることはなかった。
僕はバスの中で溜息ばっかりついていたに違いなかった。
結局、家に着くまで何も変わったことはなかった。
家に着き、僕は鍵を取るためにポストを開けたときだった。
扉を開くとそこから赤い包装紙につつまれた箱が落ちてきた。
不思議に思いながらも僕がそれを見るとそれは僕が何よりも欲しい物だった。
包装紙とリボンの間に挟まれたカードに彼女の名前が書いてあった。
僕は急いで家に入り自分の部屋へと駆け込んだ。
ゆっくり慎重に綺麗に赤い包装紙をはがしていった。
そして出てきた箱を開き中を見てみた。
そこには手作りだと一目見て分かるようなチョコがあった。
手作りだという事が僕をいっそう嬉しくさせた。
僕は急いで彼女にお礼のメールを送った。
30分ほどしてから彼女からの返事が送られてきた。
そこには1行だけの返事があった。
「どういたしまして」
僕はきっと彼女は言葉を選ぶのに苦労したのだと思った。
バレンタインデーを境に僕らの距離は急激に縮まった。
周りから見ればそれはカップルのように見えたのだろう。
クラスメイトから何度か冷やかされた事もあった。
僕は勿論のこと、彼女も嫌そうではなかった。
それが僕の心を嬉しくさせていたのは彼女はしっていたのだろうか。
その頃はもう既に僕の心は彼女でいっぱいになっていた。
想いを伝えたいと思っていたがなかなかそれは出来ずにいた。
それでも僕は3学期最後の日に告白しようと決心していた。
そして特にこれといった事もなく最後の日が訪れてしまった。
その時の僕はと言うと朝からどことなく変だった。
それは自分でも自覚していたし周りから見てもそうだったらしい。
クラスメイトの1人には
「お前なんか変だぞ?どうかしたのか?」
そんな質問までされてしまったぐらいだ。
勿論、何もないよと言ってその場はなんとか凌いだ。
その日の時間の流れは速いのかそれとも遅かったのか、
それは今になっても分かっていないことだった。
ただ覚えていることといえば先生の話を何も覚えていないことだった。
最後の授業の時には先生が1人1人の成績表を配っていた。
もう告白の時間が迫っている僕は先生の声が聞こえなかったらしく、
成績表を受け取るという行為だけで笑いものになってしまった。
最後の授業も終わり帰宅の時刻になって僕の脈は恐ろしく速くなった。
その日は部活はなく彼女と一緒に帰る約束をしてあった。
僕はこの日の為にいろいろと計画を練っていたから、
場所とかに問題はなかったが僕の常態が問題となっていた。
バス停に向かっている途中、話しかける彼女を何度も無視してしまった。
勿論、僕にそんな事をした覚えはなかったのだけど。
途中の喫茶店を過ぎて少し歩くと小さな公園があった。
僕は彼女に寄っていこうと話をして公園へと入った。
その時の彼女は少しだけ不思議な顔をしていた。
公園には誰もいなくここだけ忘れ去られているようだった。
錆付いた滑り台とブランコに鉄棒といった懐かしいものだけがあった。
僕はブランコに乗り彼女も真似して僕の横のブランコに乗った。
僕達はそのまま30分程おしゃべりをした。
その時間は僕の人生の中で1番短く感じた瞬間だったかもしれない。
ブランコに揺られお喋りしながら僕は告白のチャンスを伺っていた。
でも、こういう事に疎かった僕にそんな事を分からず時間だけが過ぎた。
結局、想いを伝えられず公園に入って1時間が過ぎた。
「そろそろ行こっか」
彼女が綺麗な声でそう言った。
「うん・・・」
どことなく元気のない声で僕はそう言った。
僕の返事を聞いて彼女は公園への出口へと歩いていった。
その後姿を見てると僕は突然何か焦りを感じた。
このまま彼女が遠くへ行ってしまう気がしたからだ。
僕はそれを手繰り寄せるかの様に思い切り叫んだ。
「好きだ」
彼女が驚いた顔をして僕の顔を見た。
「君がずっと好きだった」
いろいろ言葉を考えていたけど何も言えなかった。
緊張で頭の中が真っ白になっていた。
「・・・・・」
彼女は黙っている。
僕にはもう言うことがなく彼女の言葉を待つだけだった。
「嬉しい」
彼女がそう言った。
「私もずっと好きだった」
僕の心が嬉しさと安堵の気持ちで満たされていく。
世界で1番幸せ者だと思ったし、
僕の人生の中で1番幸せな瞬間だった。
僕はこの時からずっと疑わず生きていくことになる。
僕の側には必ず彼女がいるんだと。
読んでくれてありがとうございます。
感想等もらえたら嬉しいです。
これからもよろしくお願いします。