それってセンチメンタルジャーニー?(3)
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明日にはここを離れなければならないと思うと、やっぱり寂しい気持ちになる。ここにはいろいろな思い入れがある。特にこの3年間は毎日がとても濃かった。俺のいとこが家に転がり込んできて、俺と同じ学校に生徒として通って、そしたらその学年には、野蛮な美少女と無関心な美少年がいて。毎日飽きもせずに追いかけっこをしては問題を起こしていた。そんな楽しい毎日ほど、時間が過ぎるのはとても早く。今月の1日、とうとうあいつらは俺の元から巣立っていった。
「……はー‥」
ため息とも取れる言葉をこぼして、机にそびえたつ資料の山を見る。俺ってこんなに職務怠慢してたっけな。
「ため息かよ。らしくねぇな」
「この山見たら誰でもため息出るだろ」
俺と同期で入った同い年の数学教諭、遠藤 悟は隣の席に座って笑った。
「それ、増田先生からの嫌がらせだってもっぱらの噂」
「…あのハゲ最後の最後まで嫌がらせする気かよ」
「口悪いなー、千鶴。仮にも学年主任だろ」
「元な、元」
もう3年生は卒業しちまったからな、あいつは学年主任なんかじゃねぇよ。そういう思いを込めてちらりと増田のデスクを見る。綺麗に整頓されたデスクには、ノートパソコンだけが置いてあった。
‥ぜってぇーあいつの仕事俺に回ってきてるだろ。
「千鶴、本当にあいつらに何も言わずに北海道に行くのか?お前のクラスだった垣谷がおめでとうの言葉もなかったってぼやいてたぞ」
「言ってどうなるって訳でもないだろ。それにあいつらだってもうここを卒業したんだ」
俺はそれだけ言って、山積みになった書類の一番上を取って作業を進めていく。なんとも面倒くさい作業ばかりが残されていて、今日はなかなか帰れそうにない。
「千鶴今日の夜空いてるか?」
「今日?空いてるけど飲みには行けねぇな。明日朝遅くないんだ」
「お堅いねぇ、ほんと」
「悟、邪魔しに来ただけなら散れ。そうじゃないならこれ手伝え」
こいつの話の相手をしてたら、進む作業も進まねぇ。俺は散れと言っておきながら、悟に半分の資料を渡して隣のデスクで仕事をやらせた。悟がやってくれたのもあって、だいぶ仕事はサクサクと進んだ。ちらりと垣間見た壁時計はすでに5時半をまわっていた。
「あー、これで終わり!俺今日頑張ったー!」
悟は大きく伸びをしてボールペンを手から放した。悟に次いで俺も作業を終わらせて、2人でコーヒーを飲む。おそらくこれがここで飲む最後のコーヒーになるだろう。
「サンキュ」
「いや、手伝ってくれたし」
「手伝ったって言っても半強制的だけどな。あ、そういやさっき窓から卒業生が来るの見えたけど、今日会う予定でもあんのか?」
「卒業生?いや、そんな予定はないけど」
つーか、今更卒業生が何の用だよ。まだ在校生は授業があるし部活もあるし、ていうかまだ部活動中の時間帯なんだけど。部活でもしに来たか?
「俺の目が確かなら、雪瀬に間違いないと思うよ?あと時村もいたし加藤もいたし榎本もいたかな」
「…問題児オールスター勢揃いかよ」
なんたってこのタイミングで来ちゃったかな、問題児たち。
「でも来てないってことは部活か?教室にでも行ったら会えるんじゃねぇの?」
「バカなこと言うなよ。なんで教室になんか行くんだよ」
「いろいろ思い出も詰まってるだろうしな。まぁ、行ってみる価値はあるんじゃねぇの」
悟はにかっと爽やかなお兄さんという感じの笑顔を俺に向けると、自分のデスクに戻っていった。その姿を見た後に、俺は自分の荷物を持ってデスク周りを確認してから職員室から出た。本当なら、このまま真っ直ぐ正面玄関に向かって、家に直帰する予定だった。それなのに、俺の足は自然と、まるであの時のようにまっすぐ3年3組の教室に向かっていた。見慣れた階段を上がって、3年生の教室が並ぶ廊下へと向かう。3年生がいなくなったため、今はこの3階を使っている生徒はおらず、いつも静まり返っていた。なのに今日は少しばかり、3階が賑やかだった。
「…まじでいるのかよ、」
いや、もしかしたら2年生がここで遊んでいるだけかもしれない。期待と不安を抱きながら階段を昇っていくと、見慣れた頭が上から覗いていて、思わずその頭をじっと見てしまった。
「あ、やべ」
がっつり目が合って、その生徒は俺から逃げるように去っていった。一瞬、何が起こったのかわからなかった。俺の目が間違っていなければ、俺の目に映ったのは、制服姿の卒業生、谷口陽斗。
「って、なにしてんだよ!」
俺は走っていった谷口を追うように、階段を駆け上がっていき3組の教室に入る。しかしそこには誰もいなくて、閑散とした教室がただただあるだけだった。
‥どういうことだよ。
つのる苛立ちと共に感じる違和感をぶつけるように教室の扉を閉めて周り見渡した。すると、廊下の角から顔をのぞかせる谷口と加藤の姿があった。
…やっぱりあの問題児どもっ!
「てめぇら何しに来た?」
でかい声でそう聞けば、あいつらは何も答えずに顔を引っ込ませて笑い声だけを響かせて姿を消してしまった。それを追うように、俺は消えたところまで行きその先の階段を駆け下りる。やはり、その先には誰もいなくて、ゆっくり歩いて行けば、また、顔をのぞかせる2人がいて、今度は加藤と榎本だった。俺は走らずにゆっくりあいつらに近づいていく。走ったらあいつらに逃げられるような気がしたからだ。だけどあいつらは小声で耳打ちしていたらしく、俺はある距離まで来たらまた一目散に逃げていった。
こんな追いかけっこいつまでするんだよ。
そう思ったけれど、俺はゆっくり、でも確実に、ある場所に誘われていた。それに気が付いたのは、もうその教室の前に着いた時だった。俺の目の前には、ゴシック体で書かれた視聴覚室の文字があった。




