恋する乙女じゃいられない。(7)
時村に送ってもらう途中、お昼ご飯を食べていないってことになり、時村の家でご飯を作ることになったから、現在、時村の家にお邪魔している。久しぶりに来た時村の家もとい高坂の家は相変わらずシックな色合いでまとめられていたけれど、その落ち着きを取り壊すように、いくつものダンボールが乱雑に置かれていた。
「なにこれ」
「あー‥兄貴さ、引っ越すんだ」
「は?なにそれ聞いてない」
と、そこまで言って思った。別に私に言うことでもない。私と高坂は別にそんな関係じゃない。ただの生徒と先生だ。本来なら、こうやって高坂の家にあがっているのも間違っている。
「兄貴、大学の先生にさ、講師として来ないかって誘われてて、いい機会だからってそれを受けたんだ」
「そう、だったんだ」
「誰にも言うなって言われたんだけどな。他の生徒は卒業したら教師がどこに行ってもあんまり関係ないからさ。でも雪瀬は別かなって思ったから今言ったけど」
「…どこの大学?」
そう聞けば、時村は開いていた口を閉じて言いよどんだ。それは私にいろいろなことを想像させる。
「‥北海道」
「え、」
ちょっと予想外だったんだけど。高坂って、北海道の大学出身だったの?
「恩師の先生が今北海道で教授してるんだってさ。だから兄貴も講師をするなら北海道まで行かなきゃなんねぇんだって」
「…‥そっか。寂しくなっちゃうね、そんな遠いとこ行かれちゃうと。なかなか会えないし」
「まぁな。仕方ないっちゃあ仕方ないんだけどな。兄貴の決めたことだし、俺がとやかく言えることでもないし」
「いつ向こうに行くの?」
「えっとな‥1週間後だ。1週間後の午前便の最後でここから発つみたい」
時村はカレンダーと机から出した航空チケットを照らし合わせて見ながら言った。けっこう急だと思った。多分、高坂は私たちに言わずにひとりで行くつもりだったんだろう。そう思うと、ほんの少しだけいらっときた。かっこつけようたってそうはいくかっ。
「時村、高坂の予定、1週間分わかる?」
「え、なに急に。兄貴に聞いてみればわかると思うけど」
「んー、それじゃ意味がない。‥でもそれしか手はないか。よし、時村、さり気なく高坂に聞いといて!で、わかったら即私に連絡入れて!」
「それはいいけど‥雪瀬何する気?」
「決まってんじゃない!高坂のドッキリ送別会よ!」
簡単にここから行かせてたまるかっての。
「どっきり送別会って‥。でもみんな知らないし、」
「あーのーねー、だから今から計画するんじゃない!どーせ時村も暇なんでしょ。いつメンだって落ちてるの美弥くらいなんだからみんな時間持て余してるってば」
「いや、でも、」
「このまま何も言わないでどっか行かれてたまるか。言っとくけど、私たちのクラスは高坂からの言葉、何一つ受け取ってないんだからね!おめでとうも、頑張れも、さよならも、何一つ、言ってもらってないんだからっ‥!私たちだって、ありがとうも、ごめんも、なにも、‥なにも、…」
言えてないんだからっ…。
「兄貴っぽいな。兄貴、そういう湿っぽいの好きじゃないからな。いーよ、付き合ってやるよ、お前のそのわがまま」
時村はそう言って、高坂に似た笑顔を私に向けた。
「ま、それは午後から考えるとしてさ。雪瀬、俺腹減った。飯なんか作ってよ」
「あ、そっか。お昼作りにここに来たんだった。時村、高坂いつ帰ってくるの?」
「今日は帰ってこないと思うよ?今日は大学の頃の友達と飲み会で千葉まで行っちゃったから」
「さいですか」
それもそれでどうなんだか。まだ職務があるだろうに。まっとうしろよ、本当。
そんなことを心の中でぼやきながら、見慣れたキッチンに入る。冷蔵庫を覗くと、相変わらず使われていない食材たちが並んでいた。
「ほんともったいない以外言えないわ」
この冷蔵庫。
冷蔵庫からテキトーに食材を取り出す。かごの中から見つけたパスタを沸騰したお湯が入ったなべに入れて、横のフライパンでクリームをつくる。切ったベーコンとキャベツを入れてからまったくらいで火からおろした。ゆであがった麺をお湯からあげて皿に盛りつけて、その上にソースをかけた。これで今日のお昼は完成。うん、時短料理にしてはなかなかの出来栄え。
「できたよー」
「お、いい匂い!早いな!ちょっと前にキッチンに入ったばっかじゃん」
「誰かさんがお腹すいたとか言うから」
はい、とフォークとスプーンを渡して、時村の前に座った。手を合わせてから、時村の反応をうかがう。
「うまい!」
「よかったぁ!」
出来栄えだけよかったらどうしようかと思った。時村の食べているのを見てから、私も食べ始める。うん、上出来なうまさ。でももう少し改良の余地があるかもしれない。もうちょい試行錯誤してみようっと。
「な、俺にも料理教えてよ」
「‥なに、頭でも打った?」
雪でも降ったらどうすんのよ。
「兄貴も北海道行っちゃうしさ、俺一人暮らしになっちゃうんだよね。さすがに今のままじゃ俺餓死しちゃうし、カップラーメンとかじゃやっぱダメだと思うし。な、頼む!」
ああ、そういうこと。手を合わせて頭を下げる時村を見て少し悩んでみる。
「あんた料理音痴じゃなかった?」
男に料理音痴なんていう言葉使うのも間違ってると思うけどさ。確かこいつ、たまに私と高坂の目を盗んでキッチンに立った時、いつもフライパンの中のもの真っ黒いしてなかったっけ?全部、炭になってたような気がするんだけど。
「いや、教えてもらったらましになると思うんだよ。多分、何にも知らないでやるからああなるんだと思うんだ」
「そんな正論染みたこと言ってもあんたは料理のセンスないからやめといたほうがいいよ。火事起きてからじゃ話になんない」
こんなマンションで火事なんか起こされたら、ご近所さんがたまったもんじゃない。いや、一軒家でも変わんないけどさ。
「でも料理できなきゃ俺死ぬ」
「いや、ぎりぎりになったらカップラーメン生活でもなんでもすると思うから死なないとは思うよ」
「高血圧で死ぬ」
「やだねー、がりがりの高血圧」
矛盾しか生まれてこないし。




