恋する乙女じゃいられない。(6)
「時村、私もう帰るよー?」
一際大きな声で言えば、女の子たちのあいだを分け入って姿を現した。時村の手の中には、女の子たちが持っている餞別はひとつもない。
「ちょ、待てって!俺も帰るって!」
そんな様子の時村を見るとクスッという笑いがこぼれてしまった。時村は少しだけ顔を赤くして拗ねたように私を見る。そんな時村ごしに見える後輩の女の子たちは、私を睨みつけるような、それでいて寂しそうな目をしていた。いや、羨望ともとれたかもしれない。
「ごめん。俺、好きなやついるから受け取れねぇわ」
教室を出る間際、時村は女の子たちにそう告げた。さすがに泣く子はいなかったけれど、さすがにショックを受けている子は何人かいたみたいだ。
「げ、」
一難去ってまた一難、というのはこういうことだろうか。時村と歩く私たちの前にいたのは、少し前にいろいろと噂になった深山ちゃんだった。深山ちゃんは相変わらず凛としていて、その手には花束があった。おそらく、部活の後輩にもらったんだと思う。深山ちゃんってああ見えて面倒見はすごくいいみたいだから。
「時村君」
「はい」
珍しく、時村が敬語。深山ちゃんには頭が上がらないのだろうか。うーん、うしろめたさか?
「どうしてもわたくしじゃだめなんですか」
未練タラタラだったんだ。ちょっと意外。深山ちゃんってこういうのスパッと諦めるタイプだと思ってた。けっこう引きずってるよね、そー思うと。なんだかんだ言って時村のこと本気だったんだ。それはなんだか悪いことをしたな。いっぱい悪いこと言っちゃった。うん、ごめん。心の中だけど。
「だめっていうか‥もし付き合ったとしてもだよ?俺、深山のこと好きなれないよ?」
今思ったけど、私、こんなところにいていいのか?これって告白ってやつじゃん。玉砕してるけどさ。
「私が雪瀬さんに劣ると言うんですか」
「え、ちょ、なに言ってんの」
「雪瀬さんは黙っていてください。私は時村君に聞いているんです。この前はなにも答えてはいただきませんでしたけど、今回は言っていただきます。わたくしは雪瀬さんに劣っているとは思っていません」
わーお。なんつー強気発言。さすがにそんなこと言われたら私だって黙ってないぞ。さらっと侮辱されちゃってるし。さっきの謝罪撤回。
「いや、だからさ、劣ってる優ってるっていう問題じゃなくてさ。俺が好きになったのが深山じゃないってだけ。わかるかな?」
「まったくわかりませんね」
「んー‥つまりタイプじゃないってこと」
「な、」
はっきり言っちゃった。深山ちゃんは信じられないとでも言うように時村を見る。まぁ確かに黙ってればめちゃくちゃ美人だもんな、黙ってれば。
「人間、顔と頭だけじゃないってことだ」
「そんなことは言ってません!認めません、そんなの!」
「いや、認めないって言われても‥」
「このわたくしを差し置いて、雪瀬さんを選ぶなんて許しません」
キッと時村と、ついでに私を睨むと、深山ちゃんは怒ってどこかへ行ってしまった。後ろ姿からも感じられる怒りのオーラに時村はげんなりしていた。
「怒られちゃったね」
「そこは励ませよ」
「学年首席に大きなおまけがついてきちゃったねー」
「‥励ます気ないだろ」
「私、一言も励ますなんて言ってないし」
「鬼だな」
「けなしてないだけ優しいでしょ」
私はなんだかモヤモヤした気持ちを少しだけ時村にぶつけて下駄箱に向かう足を進ませた。後ろでブツブツ言っていた時村も、私が待たないのに気が付いて焦って後ろから走ってきた。
「あー‥下駄箱になんか見えるー…」
ローファーの入っている下駄箱からのぞく赤い花。
最近、日付とか関係なく下駄箱に入るようになったバラは、日に日にその頻度を増していき、そしてその量もまばらになっていた。今日はいったい何本入っているのか、おそるおそる見てみると、強烈なにおいとともに姿を現したのはバラのブーケだった。
「これ何本入ってんの」
「うわ、すっげぇ!高いんだろーな、これ!」
「そんなの関係ないわよ。ほんっとに‥私の下駄箱は花瓶じゃないっての!」
「バラってあんまり花瓶にささねぇし」
「そんな突っ込み望んでないから」
つーかこれどうしようかな。捨てるか、放置か、あげるか。んー‥正直どれでもいい。
「持って帰るっていう選択肢はないんだな」
「あれ、声に出してた?私バラは嫌いなんだよね。赤色のバラは特にね」
「なんで?まぁちょっとけばいけど綺麗な花じゃん」
「なんかすごい自己主張するじゃん、こいつ。同じバラならやっぱり青色かな」
「…そんなバラねぇし」
「知ってる。人工に決まってんじゃん」
そこまで言って、私は相馬の下駄箱を探す。
「相馬って何組だっけ?」
「えーっと‥確か5組のはず」
「おっけ、」
5組の下駄箱の前まで来て、私は相馬の下駄箱を探す。前から順番に見ていくと、一番上に相馬の下駄箱があって、中には上履きだけが入ってあって、もうすでに帰宅したことを告げていた。
「そろそろ、白黒つけてあげないとね」
下駄箱にさっきのブーケを入れて、鞄から取り出した黒色の紙に修正器でチューリップを書いて一緒に入れておいた。心の中でほんの少しの謝罪をして、玄関の前で待つ時村の元へと戻った。これでどうなるかなんてわかんないけど、なんだか吹っ切れたような気がして、気持ちが軽くなった。




