恋する乙女じゃいられない。(5)
「雪瀬、居残れ。あと解散」
高坂は遅れて教室に戻ってくるなり、周りの教室では教壇で先生が思い思いの言葉を口にしている中、淡々とそう言って生徒を教室から解放した。なんかもう、絶句。
「もっと他に言うことあったでしょ」
ひとり教室に居残された私は、教壇に立つ高坂のそばまで行き一言物申してみた。まだ生徒が残って、みんな写真を撮ったり、隣のクラスが終わるのを待ったりしている。いや、本来なら私たちのクラスだってほかの教室みたいに涙ぐんでいてもおかしくないのだ。
「先生にとってさ、私たちって」
「どうでもいいと思ってると思うか?」
名簿帳に記入していた手を止めて、かけていたメガネをはずして高坂は言った。そのメガネを手に取ってかけながら首をひねってみる。
「わかんない。ないがしろにしてるわけじゃないけど、大事にはしてないよね」
「お前メガネ似合わねぇな」
私の顏を見て高坂はクツクツと笑った。なんか、高坂のこんな笑顔を見たのは久しぶりかもしれない。その顏に見惚れていたら、それに気が付いた高坂はまた、ニヒルな笑みを向けた。
「見すぎ」
「見てない!」
「見てただろ。で、さっきの答えを返すならこうだ。お前の言うとおり、ないがしろにはしてないが、大事にしてるわけじゃねぇ」
「なんで?」
「なんでって。いずれ巣立つんだ。大事にしたって仕方ないだろ」
「いや、ちゃんとあっためてよ」
「だから大事にもしただろーが。別に思い入れがないわけじゃない。ただ俺が湿っぽいのが嫌いなだけだ」
「最初からそう言いなよ。ちょっと先生の人間性疑ったじゃん」
「俺は雪瀬の人間性を疑ったけどな」
「え、なんで」
私、そんな人間性疑われるようなことしたっけ。
「今日の卒業式は誰のためだ?」
あ。ああ。うん。それか。それは、
「ごめんなさい」
「素直だな。いいことだけど気持ち悪いな」
「どうしても眠たくて意識が飛びました。気が付いたら卒業式終わってました」
「なんでお前らは最後の最後までこうやって問題を残していくんだかな」
「お前ら?」
「兄貴呼んだ?」
ひょこっと教室の扉から顔を出したのは、背の高い美少女。
「だーかーら、学校で呼ぶなって言ってんだろ。その頭は飾りか?なんでそんなに学習能力がないいだ、あ?」
「うわ、ごめんて。急いできたんだから許してって」
「急いだって、この20メートルあるかないかの距離だろうが。急ぐに入るか」
「ごめんって。で?俺なんで兄貴に呼ばれたわけ?」
時村ってほんとうに学習能力ないのかも。また呼び間違えてる。高坂は小さなため息をついて私たちを見る。もう指摘するのは諦めたらしい。
「卒業式、よく眠れたみたいだな、お前ら2人」
「「え、」」
時村とお互いに見つめあって目をぱちくりさせる。まさか時村お卒業式を寝てたなんて。というか、私以外に卒業式を寝る人がいたなんて。正直、予想外。だって卒業式だし。
「教師陣が盛大なため息をついて体育館から出ていったよ」
「俺さっきそれで先生から叱られたとこなんだって。もういいじゃんか、過ぎたことだし。怒られたって、寝たって事実が覆るわけじゃないしさ」
「なんでお前はそういうとこだけポジティブなんだよ。なんでそういうとこは叔父さん似なんだ」
「父さんもっとポジティブじゃん。俺もあれはどうかと思うし」
「かわんねぇよ。お前がこの先ああなるんだと思ったら俺は怖いよ」
「あ、時村先輩いたっ!」
時村先輩?
後ろの扉から可愛らしい女の子の声が聞こえてきて、なだれ込むように入ってきたのは女の子の集団。手には可愛らしくラッピングされたプレゼントを持っている。女の子たちはいっきい時村を囲むと、あっという間に時村を見えなくしてしまった。端に追いやられた私と高坂は女子の凄まじい威力に圧倒されていた。
「「「「時村先輩、これ受け取ってください!」」」
あまりの事態についていけてない時村に、女の子たちはラッピングしたプレゼントを前に差し出していた。
「先生のいとこ、美少女だけど女の子にもモテたみたいだね」
「世の中わかんねぇもんだな」
時村を傍観していると、第二波とでも言うように教室に人が入ってきた。女の子たちは、同じようにプレゼントを手に持っている。まぁプレゼントっていうか餞別みたいなもんだけど。
「時村先輩、私、先輩のことずっと好きだったんです!」
真ん中の、とびきり可愛らしい女の子は、あろうことかこんなところで告白を始めた。
「わーお、大胆」
「よっぽど自分に自信があるんじゃねぇの?俺はああいうタイプは嫌いだけどな」
「聞いてないし。ていうか、先生のタイプってどんなの?」
ちょっとだけ気になったから聞いてみた。相変わらず、時村は女の子たちに囲まれていて、こっちの様子を気にするほどの余裕はないみたいで、周りの女の子たちも周りをけん制しながら時村にまとわりつくのに必死だった。
「お前」
「………はぇ?」
時が止まったような、そんな感じだった。高坂の方を見れば、今まで見てきたどの笑顔より優しくそして寂しそうな笑顔をしていた。それが本気さを伝えてきて、はぐらかすこともできなかった。
「んな顏すんな。タイプ聞いただけだろうが。誰も好きな女って言ってないだろ」
確かに。じゃあ、私の早とちり?いや早とちりでもないけど。解釈をちょっとあやまっただけ?
「心配すんな。俺はガキにゃ興味ねぇよ」
「ガキで悪かったわね」
「いや、ガキでよかったよ、俺は」
「‥え?」
「なーんでもねぇ。気にすんな」
高坂はそう言って、名簿帳とメガネを持って教室から出ていった。




