恋する乙女じゃいられない。(4)
『返事、いつでもいいから。ゆっくり考えてよ』
時村からの告白を受けて、その告白を忘れるために必死に勉強をして迎えた卒業式。別に親が来るわけでもないし、この3年間あんまり人と交流をもってこなかったからそんなに惜しむことはないんだけど、後輩たちが泣いたりしてくれているとこを見ると、少しだけ涙腺が緩んでしまう。
ただ、
「てめぇら席つけ。卒業式なんてめんどくせぇもんとっとと終わらせるぞ」
この言葉で幻滅しちゃったりね。こんな言葉を言うのは、もちろん我らが担任の高坂である。相変わらず不機嫌そうにだるそうに教室に入ってくるけれど、その格好はいつもと違うぴしっと決まったスーツ姿だ。そりゃもう半端なくかっこいいわけで。いつもどんだけ心の中で罵っていても、こういう姿を見せられると見惚れてしまうものだ。
「やだ、先生いつもより6割増しくらいでかっこいい」
「6割て」
普段どんなのなんだよ。確かにかっこいいけど。
「あ?見惚れたか?」
高坂を見ていた私と目が合った高坂は持ち前のニヒルな笑みを向けてきた。それすら様になっているのは、きっとこの普段とは違うスーツのせい。
「普段からこの格好してればいいのに。そしたらもっとまじめに授業もうけてやったのに」
「受けてやったとはまぁ上から物申すじゃねぇか」
名簿帳で頭を軽くたたかれて、席に促された。みんなが席に着き始めるから、私も同じようにいつもの席に座った。みんなが席に着いたことを確認した高坂はゆっくりと最後の点呼を始める。っていっても卒業式に全員の名前読み上げるから呼ぶのはまだ最後じゃないんだけどね。
「雪瀬、はいたな、さっき。よし、お前ら廊下に並べ。とっとと体育館行くぞ」
いやいや、返事させろよ。なんで最後までその扱いなんだよ。ちょっと悲しいんだけど。
「先生、最後の最後まで直の扱いかわんなかったね」
「まぁ今更変わられてもって感じだけどね。変わったら変わったで気持ち悪いし」
「だれが気持ち悪いって?」
「出た、相変わらずの地獄耳」
「ああん?雪瀬は最後の最後までそんなに俺の雑用がしていきたいのか」
「え、やだやだ!こんな日まで雑用とか」
「仕方ねぇな、ちゃんと用意しといてやるよ」
高坂はぽんっと私の肩を叩いて、最後尾から先頭の子がいるところまでいって私たちを先導する。2組の列の後ろについて、私の後ろには4組の先生が立っていた。
「お、みっちゃんおはよう」
「みっちゃん言うな!」
政治経済担当の中本 光希先生。通称、みっちゃん。まぁ呼んでるの私くらいだけど。みっちゃんは先生たちの中じゃ若い先生で、高坂より1つ下くらいだった。歳の近い高坂とよく一緒にいるところを見かける。多分、みっちゃんは高坂のこと好きだと思うんだよなぁ。高坂にその気は全くないみたいだけど。むぅ、残念。
「早いわねー、あんたたちが卒業だと思うと。少し前まで真新しい制服来て走り回ってたのに」
「みっちゃん2年生の時に来たんだから、私たちの1年生の時知らないじゃん」
「そこはテキトーにうんって言っておきなさいよ」
「相変わらず強引だなぁ」
でもそういうところが好きー。
「おい、雪瀬静かにしろ。お前もう少しは緊張感もて」
「いて、」
頭をまた名簿帳でこつかれて、私は頭をさする。怒られた私と話していたみっちゃんは少しだけしゅんとしていた。なんだかちょっとだけかわいそう。巻き込んだのは私だけど。
「先生、前戻ってよ。式、もうすぐ始まるでしょ」
「お前が黙るの見送ってからな」
「先生が行ったらちゃんとお口チャックするから」
「てめぇのチャックほどゆるいものないからな」
「うわ、ひどいこと言うなぁ。これでも先生の可愛い教え子なのに」
「安心しろ、お前は例外だ。もう喋んなよ。すぐに式始まるから。式が終わったら好きなだけしゃべらせてやるから」
最後にまた名簿帳で叩かれるかと思ったけど、頭の上に来たのは高坂の手。頭をぽんぽんしてから先頭へと戻っていった。いったいなんなんだよって大きな声で言ってやりたかったけど、すっごくいいタイミングで体育館の扉が開いちゃって、1組の生徒から順にお辞儀をして中に入っていく。卒業式がとうとう始まってしまった。
「卒業生、退場」
はっと頭を上げたとき、そんな声が聞こえた。ざっと周りの人たちがいっせいに立ち上がったから、私も慌てて席を立った。後ろから順に退場していくのを見ながら、何とも言えない後悔が押し寄せる。
…また、やってしまった。
卒業生の答辞は記憶にある。記憶にはあるが、答辞が終わったところを見た記憶はない。
「在校生と保護者から見えない位置でよかったな」
去り際に准にそんなことを言われた。どうやら、みんなにはばれているようだ。
まずい、かもしれない。
ちらりと高坂を見ると、ずっと私を見ていたのか目が合った。高坂は今日一のニヒルな笑顔を私に向けていた。やっぱりばれているようらしく、おそらく今の高坂の頭の中を覗けば、どう私にお仕置きをしようか考えているに違いない。どうやら、今日の居残り雑用は避けられそうにないようだ。




