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君の隣を先約します。  作者: ゆきうさぎ
<第10章>
71/83

恋する乙女じゃいられない。(2)

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「ごめん、美弥。私もう帰るわ」

「え。でもあんた時村君と、」

「ごめんって言っといて」


直はそう言って、かばんとコートを持って、ていうかコート着なよ、早足に店から出て行った。その後ろ姿をただ茫然と見送って、私は今日一番の大きなため息をついた。


「ちょーっと意地悪しすぎたかな、」


ここを出ていく寸前の、私の言いかけた言葉を打ち消した時、直は、きっと自分では気が付いていないだろうけど、目に涙をためていた。普段は全然泣かない直が泣いていて、正直どうしようかまで思った。大きなため息の次は小さなため息が出てきて、一緒に下を向いたとき、私大きな影が出来た。

…なんつーバッドタイミング。

嫌々ながらも、顏をあげると予想していた人物が、予想していた思いを顔に表しながら、私の前に立っていた。


「あいつになにしたの」

「断定かよ」


なんで私が直になんかしたってい前提で話しようとすんのよ。そりゃあ事実、あいつをこの店から出ていかせた原因を作ったのはこの私だけど。


「なにしたって聞いてんじゃん」

「別に。ちょっとからかっただけ」

「からかっただけって。あいつ泣いてなかったか?」


よく見てんじゃん。仕事中なのに。どんなけ直のこと見てんだよ。


「ちょっと悪ふざけが過ぎただけ。あとでちゃんと謝るわよ」

「謝れば済むって問題じゃないだろ」

「‥こういう時に限って正論言うんだから」


私は机の上にある参考書やらノートやらをテキトーに片付けていく。店はもうすぐ閉店だから、店の中にはもう誰もいなくて、店側も片付けに入っていた。その証拠に時村はモップを持っていた。


「そんなに睨まないでよ。ただ、直の素直な気持ちが聞けるかなって思っただけ」

「は?それであいつが泣くわけないじゃん」

「だから私も驚いてるんでしょ。ねぇ、時村。あんた直のことどー思ってるの?」

「は?」

「直のこと、好きでしょ」


立つ時村を睨みつけるようにして言えば、時村は黙ってなにかを考え出した。それはほんの数秒で、時村はいたずらっ子のような笑顔を見せた。


「だったら?」

「好きって認めるんだ?」

「気付いてないのあいつだけじゃん」

「あの子そういうのに関してはかなり鈍いからね。自分の気持ち対してもね」

「なにそれ」

「ちょっとした出来心でね、時村、あんたがいいなら狙ってもいい?って直にさっき言ったの」

「はぁ?」


時村は大きな声で反応して、キッチンにいるほかのスタッフに「うるせぇ」と怒られた。その言葉を聞いてから、時村はモップをかけながら私と話をしだした。


「お前何言ってんの」

「だーかーら、直の気持ちが知りたかっただけ。別にあの子を傷つけようと思ってやったことじゃないから」

「傷つけるためにやってたらぶん殴ってる」

「おー、こわ。直もどえらいナイトを持ったもんだわ」


時村なら本当に殴りかねないもん。その辺、女とか年下だとかそういうのなんか関係なさそう。


「で、それを言ったらあの子、黙っちゃって。で、閉店の30分くらい前に泣いて出ていっちゃったってわけ。これがどーいうことかあんたならわかるよね」


つーかもうわかれ。察しろ。理解しろ。


「唖然とそこで突っ立ってるくらいなら早く直迎えに行ったげて。あの子、今傷心なんだから」

「……っ、オーナー、俺ちょっと先上がります!」


時村はさっきの直と同様、かばんとコートを持って店から大慌てで出ていく。その姿をガラス越しに見送って、また小さなため息が零れ落ちた。


「…だからコートくらい着ろよ」


風邪ひいたらどうすんのよ、ほんとに。

そんな心配の言葉は、もうあいつには届かない。


「泣くほど好きなら奪っちゃえばいいのに」


いつの間にか私のテーブルの前に立っていた、この店のイケメンアルバイター桐生 貴臣(きりゅうたかおみ)は遠くなった時村を見て言った。


「お人好しかよ」


私にとどめをさすことを忘れずにだ。


「あんなに直のこと好きなのに、奪ったってこっちがつらい」


どんだけこっちが好きって言ったって、あれは絶対にこっちに振り向いてなんかくれない。しかも胃袋掴まれてるし。あの時の深山の気持ちが、すごく、痛いほどわかってた。好きな人に見てもらえない恋ほど、儚く辛いものはない。


「見てないでハンカチくらい差し出したらどーなのよ」


やっと出した言葉は、嗚咽混じりのとってもかわいくない言葉。自分で言っておきながら、私は鞄の中からハンカチを探す。と、目の前にさっと出てきたのは、白と黒のタオルだった。


「…布巾?」

「ばか、俺がそこまで空気よめねぇやつだと思うな」


差し出されたタオルで顔を覆うと、我慢していた涙があふれてきて。声を出さずに泣いたつもりだったけど、まぁばればれなわけで。


「あ、オーナー俺が鍵しめとくからいいよ」

「じゃあお言葉に甘えてそうさせてもらおうかな。桐生君、美弥ちゃん頼みましたね」

「おう。持って帰るから安心して」


だいぶ落ち着いたけど、泣きはらした目を見られたくないなってタオルを顔からどけるか渋っている時だった。隣からそんな会話が聞こえてきた。

オーナーさん帰るんだー。なんか申し訳ないことしちゃったなー・・・‥って。


「持ち帰るってなに」


聞いてないんですけど。


「は?言葉のまんまだけど?テイクアウトってこと。お前は俺にお持ち帰りされるの。あーゆーおっけー?」

「なにひとつオッケーじゃないし。なに勝手に決めてくれてんのよ。私帰るし。勉強してこんなの忘れてやる」

「いーから帰るよ。ほらかばん持ってコート着て!」


まくしたてるようにせかされて、言われた通りにコートを着て鞄をかたにかけた。椅子にかかっていたマフラーも首に巻いて、さてと心の中で呟いたとき、右手を強くひかれて私は歩き出す羽目になった。


「って、なに勝手に手つないでんの」


何この勝手すぎるイケメン。許せん。


「いーじゃん今日くらい。俺が傷心中のあんた癒してあげる」

「そんな下心満載の励ましいらない」


そう言えば、イケメン君は「そう?」とこれまた、冬には似合わない爽やかな笑顔を私に向けた。

…今のすっごくかっこよかったかも。

加藤美弥、18歳。傷心中ですが、春と共に、恋にも春が訪れそうです。





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