勘違いダーリンと勘違いハニー(9)
それから数日が経った。時村は深山ちゃんにちゃんと話をしたらしく、あれから深山ちゃんが時村に言い寄ってくることはないらしい。ただ、以前より深山ちゃんに敵対視されているのは言うまでもなく、いつも私が深山ちゃんを視界に入れるとすっごく睨まれている。そして、その話をしたという日から、深山ちゃんファンからの時村に対する視線が白い。なんだかそれがすっごく息苦しい。
「まーた睨まれてる」
「あーも毎度毎度睨まれたらこっちの寿命も縮むわ」
「案外それ狙ってたりして」
‥なんの能力だよ、それ。どこぞのアニメでもそんな能力ないっての。
「まぁ確実に俺のせいではあるよな」
また、変な漫画を読みながら時村が言った。口にはポッキーをくわえていて、器用に手を使わずにむしゃむしゃと食べていた。
「まぁ原因を探るならそこしかありえないけどね」
私、時村のこの件以外で深山ちゃんと関わったことないからね。それもどーなんだって話だけど。
「え、でもおれ別に雪瀬がどーとか言ったつもりないよ?ただ、向こうがやたらと雪瀬を気にしてるみたいでさ」
「「「「(そりゃああんたが直を好きだからだよ!)」」」」
「会って話してる時もさ、途中で泣きだして『私のどこが雪瀬さんに劣るって言うんですか』って言いだして大変だったんだよな」
わーお。深山ちゃん時村にそんなこと言ったんだ。意外だなぁ。確かに気の強そうな顔してるし、ちょーっと変に大胆なところあるけどさ。私ならそんなこと恥ずかしくて聞けないわ。顔から火出るわ。
「お前、それで変なこと言ったんじゃないだろうな?」
「むしろなんて答えれば正解だったのか逆に聞きたいね、俺は」
その時のことを思い出したのか、時村はため息をこぼして漫画を閉じた。相変わらずポッキーは口にくわえたままだけど。ズイと身体を前のめりにして旬に答えを求めるその仕草は、女の子だったらどんなに可愛かっただろうか。本当、男の子に生まれてきて残念だ。
「俺に聞くなよ。ああいうタイプだからどーせなに言ったってプライド傷つけられるんだから言い返してくるだろ」
「だろ。つまり、フラれてるって段階で俺が何を言ったってアウト。意味ないんだよ」
「だいたい、顏は雪瀬より女っぽいからあれだとしても、性格はなー‥かろうじて雪瀬のが良いもんな」
「悪かったな、かろうじてで」
「高飛車な女を取るか、性悪を取るか」
「旬、お前ちょっと廊下出ろ」
「ちょ、冗談だってば。ま、時村の方は片付いたからいいじゃん。問題は直のほうだろ。あれ、どーすんだよ」
あれ、と言って指さしたのは、机の上に置かれた赤いバラの花。なにを思ったのか、今日に限って、バラは花束で、しかもブーケになっていて、ご丁寧にメッセージカードまでつけられていた。
「どうって‥ごみ箱にブーケトス」
花束はきれいな半円を描いてごみ箱の中にがさっと入った。
「お前、この前俺に相手の気持ち考えろって言ったばっかじゃん」
「確かに言った。でもあれは私にとっては嫌がらせのなにものでもない」
「うーわ、なにその自分勝手な解釈」
「自分勝手いでけっこう」
そう言いきって、私はコーヒーを飲んだ。一口含んで同じ場所に置く。その時に、隣に置いてあった英語の問題集が目に入った。少し汚い字で書かれた英文は、まぎれもなく時村の物で。ずっと見ていると、ふいと誰かに閉じて取られてしまった。
「そんなじろじろ見られたら恥ずかしいじゃん」
「そんなキャラでもないじゃん」
「まぁそうだけど」
時村はそうは言ったけど、取り返した英語の問題集は見せてはくれなくて、自分のカバンの中にしまってしまった。内心で舌打ちをしながら、ぼちぼち勉強をするほかの4人を見る。相変わらず梨央は数学で苦戦していて、旬と奈津子はお互いに助け合いながらセンター対策をしていて、美弥は不得意な生物をしていた。
「お前、受験勉強しねぇの?」
隣に腰かけた時村は私に小さな声でそう言った。ちらりと時村を見ると、視線は私でなくみんなの方を見ていた。だから私も時村からみんなの方に視線を変える。
「その言葉、そのまま返す」
「言うと思った」
言葉の合間、合間に聞こえるポッキーの折れる音が聞こえてくる。それは定期的かと思えば、たまにじゃがりこを食べてるんじゃないかと思わせるような食べ方をしていた。
…こいつは真面目な話をしたいんじゃないのか?ただ茶化されてるだけ?
「俺はしねぇかな」
「したくないの間違いでしょ」
「違うね。しなくてもいけるから」
「うわ、その自信どっから沸いてくんの」
「常に満ち溢れてるからな」
「あんたが余裕なら私もなにも問題ないし」
成績なんて大して変わんないもん、と付け足してやれば、「そーだな」とまた、あの時と同じような寂しそうな笑顔を向けて言った。
「(不器用かよ、)‥直って大学どこ行くんだ?」
旬が思いついたように言って私を見た。旬の言葉にみんな、興味津々とばかりにペンをとめて私を見る。言葉に詰まった私は目を泳がせて、じっと見つめる梨央を見た。梨央の顏を見て、少し前に梨央に言われたことを思い出した。
「…言っとくけど、私大学行ってもバスケしないからね?梨央、そこちゃんと理解してね」
「なんで!?私は直とバスケがしたいの!」
がたりと大きな音を立てて、梨央は立ち上がると、私をじっと見つめた。その目には、悲しみも怒りも混ざっていた。静かな教室に、重たい沈黙が流れて、どーしたものかと考えていると、また、梨央が口を開いた。




