勘違いダーリンと勘違いハニー(4)
「おー、雪瀬来たか」
「来たか、じゃねぇし。あんたいつまで生徒に飯作らす気よ」
袋から食材を取り出しながら、なんだかご満悦の片坂に食いかかる。つーかこんなに暇そうに時間持て余してるなら自分で飯くらい作れよ!自炊しろ、自炊!
「あのなー、お前は俺に恩があるだろ」
「恩?」
「そ。恩。雪瀬が2学期の成績がちゃんともらえるのは誰のおかげだって言ってんだよ」
「私の実力だよ」
間違いなくな。
そこまで言い切ってキッチンへ移動。相変わらず使われてなさそうなキッチン。いつ来ても綺麗。シンクになにひとつない。どーしてこんなきれいなキッチンを目の当たりにして、綺麗に使ってるんだなって思えないか不思議だが、目の前のソファで晩飯をまだかまだかとふんぞり返りながら待つこの2人を見てるとそう思ってしまうのは致し方ないこと。
「俺が教えてやんなかったら今回成績もらえなかっただろ」
「でもふつうに50番内で入ってるのに、成績くれなかったら教育委員会に訴えてた。先生はその可能性があるから私たちに教えた。違う?」
まな板に向けていた視線を高坂に向ければ、高坂は珍しく言葉を詰まらせていた。…んだよ、図星かよ。
「それらしい理由並べてたけど、私にはそうにしか思えない」
「…兄貴が口で負けてる。明日は雨でも降るか」
「時村、あんた言っとくけどこっちサイドだからね?」
「え?」
え?じゃねぇし。
私はため息をついてから、混ぜ合わせたひき肉をハンバーグにこねていく。手のひらより少し小さいサイズにしてお皿の上に並べて、油をしいたフライパンに置いた。ちらりと高坂を盗み見れば、なんとも言えない顏をしていて、少し攻めすぎたかなと反省する。
「なんか反論ないわけ?」
フライパンが肉を焦がす音がやたらと大きく聞こえるほど静まり返っている状態に耐えきれなくなって、私は押し黙る高坂に少しきつめの言葉を投げかけた。
「‥悪かったよ、」
高坂は謝って、肩を竦めた。その言葉にフライ返しを持っている私の手に思わず力が入る。フライパンから目を離さずに、高坂の次の言葉を待っていたけれど高坂からはそれ以上の言葉は出てこなかった。
「謝ってほしいなんて言ってないんだけど」
自分ってつくづく可愛くないと思う。こんなにもつんけんした言い方しかできないなんて。言い方がきついのは知ってる。でも、どうしても、こんな相手を攻め立てるような言い方しかできない。相手が傷ついているのなんて見ればわかる。それでも、優しい口調も、優しい言葉も、なにひとつかけてなんてやれない。
「…、」
高坂は言うか言うまいか悩んでいるようで、いっこうに黙ったままなところを見ると、どうやら言わないほうを選択したらしい。
「出た、大人の事情」
焼けたハンバーグをどけてデミグラスソースときのこをフライパンに流し込みながら言う。大人って好きだよね、大人の事情。
「…わかってるなら聞くな」
「ふぅん、隠すんだ、やっぱり。ま、もういいけど」
いいけどっていうかもう諦めちゃった。大人の事情ってどんだけ聞いても教えてなんてくれないし。聞くだけ無駄って、中学校くらいの時に学んだ。
「…俺も自分が可愛いんだよ」
「あれ、案外簡単に言っちゃうんだ」
意外だなぁ、なんて笑いながら言って、だけどきっと、私の細められた目は笑ってないんだと思う。私を見る高坂の表情も、時村の表情も、すごく真剣だったから。
「わかってるんだろ、お前」
「うん、わかってるよ。私だって馬鹿じゃないし、それにそんなに子供じゃないし」
「つくづくくえねぇやつ」
「その言葉、そっくりそのまま返したげる。教育委員会になんか訴えられたら困るの先生たちだもんね。なんでそれ一番に考えなかったかな」
「だーかーら、俺は抗議したって。でも聞く耳持たずなんだよ、あの薄らハゲ」
「うーわ、兄貴言っちゃったよ。増田それ一番気にしてるのに」
「自分がはげてんの、遺伝じゃなくて生徒のせいにしたからな、あいつ。問題児を学年に持つと苦労しかしないってこの前職員室で嘆いてたぜ?」
「嘆きたいのは生徒より自分を大事にしてる学年主任を持ったこっちだっての。つーかそれあんたに対するただの当てつけでしょ」
「そうだろうな。ちらちら俺の方見てたし」
うーわ、なんかやりかたが陰湿。でも増田らしい。
「言っとくけど、俺はちゃんとお前らに成績やったから。もちろん今回のも加味してつけたつもりだ」
高坂の今回はっていう言葉に時村が異常に反応したのは言うまでもない。姿勢もすごくよくなって、それは高坂の目から見ても明らかだった。そんな様子の時村を見て、思わず笑い声がこぼれた。
「なに、どーかしたのか?そういや2人とも今回ぶっちぎりでトップだったらしいな。なんで今までちゃんとやってこなかったのか俺は不思議でならねぇんだけど。ん?」
あーれ。なんかまた形勢逆転してません?こんなの、ちょっと前にもあったような、なかったような…いやー、あったな。高坂のブラックな笑みが美弥と似ててすっごく怖いんだけど。
「あー‥まぁ別に学年トップでなくても問題ないし」
「そうそう。並みの点数取ってればちょっとくらい素行悪くても許してもらえるし」
「お前らやっぱ飯食う前にそこ座れ。今、奇遇にもお前らに話さなきゃならねぇことができた」
そう言った高坂の顏は、ここ最近見ることはなかった極上の笑顔で。そして、間違いなく沸点に達している高坂の怒りの表れで。私と時村は有無を言わさずにフローリングの床に正座させた。




