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君の隣を先約します。  作者: ゆきうさぎ
<第8章>
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おかえり現実、さよなら浅き夢(4)

かれこれ30分はこの攻防を繰り返しているだろうか。なんだか、すごく、とても、疲れた。


「時村、いったん休戦。のど渇いた」

「あ、俺も。なんかもらっていい?」


なんでそこだけ律儀なんだ。そんなに律儀なら人の家のクッション投げんなよ。


「お茶でいい?つーかもうお茶いれたからお茶ね」

「はいはい。なら聞くなよ」


そう言って時村は、私がいれたお茶をぐいっといっきに飲み干した。そんなにのどが渇いてたなら言えばよかったのに。お茶くらい出すって。時と場合によってはだけど。


「つかこれいつまでするの?もう11時前なんだけど。あんたいつ帰るわけ。高坂、心配してないの?」

「すると思う?」

「いや、しないと思うけど」


‥や、高坂なりに心配はしてるんだと思うけど。あの人、人のことやいやい言うくせに、自分もたいがい不器用だからな。どーせ帰ってくんなとか言うんだろうなー、ほんと素直じゃないよね。


「帰っても毎晩毎晩、進路のことばっかり言われんだもん。そろそろ俺も限界なんだよね、進路の話されるの」

「…進路か、」


ふと、さっきケーキ屋さんの机で広げていた判定模試を思い出す。


「え、で、もしかしてあんた帰る気ない?」

「もしかしなくても帰る気ないよ」

「…えーと、」

「あ、さっき終電行っちゃったから」

「行っちゃったから、じゃねぇし。あんたどーすんの」

「泊めて?」


まるで後ろにハートマークがついているような言い方だった。いや、確かに可愛いんだけどさ。男の子だったら下心丸出しで「全然オッケー!」とか言って泊めるんだろうけどさ。あんた、男の子だよね。


「心配すんなって。俺そんな下心、ミクロ程度にしか持ってないから」

「ミクロでもあるんじゃん」

「ミクロだよ?光学顕微鏡じゃなきゃ見えないくらいなんだからいいじゃん!」

「0.1%でもあれば十分だろうが」


てかそれ、よくよく考えれば、私に対してそういう感情はミクロほどしか持ってないってこと!?うわ、それはそれで嫌だ。


「頼むって!野宿だけはしたくないんだって」

「いやだから帰れよ」

「それは無理!」

「無理じゃねぇ。帰れる距離にあるし!耳栓でもしてれば話終わるし!」

「兄貴に耳栓なんていう安っぽいわざが効くわけないだろ。つーかもう実践済み。それした日、朝日昇るんじゃねぇかってくらいの時間まで怒られた。親よりひでぇ」


話す時村は、思いだしたのか、げっそりした感じで言った。よっぽど怖かったらしい。まぁわからなくもないけど。高坂って普段からあんな感じだから、日常的に怒ってるみたいに見えるんだよね。だからみんないうこと聞くんだけど。で、本気で怒った時なんか、その日常より怖いわけで。日常の高坂にびくびくしている私たちからしたら、そりゃあもう般若かと思うくらいに怖いのだ。


「で、あんたはそれをわかってて今日は帰らないなんて駄々こねてるの」

「‥なんだよ、」

「あのねー、それ絶対逆効果だから。絶対神経逆なでしてるから。どーせあんたのことだから連絡もしてないんでしょ。連絡くらいいれときなさい。あくまでもあんたの保護者なんだし。進路の話が嫌なのは私もわかるけど、それと今のこれは別の話。あんた朝から晩まで怒られたいわけ?」


なにそんなドMちゃんだったの?って言ってやったら、クッションが飛んできた。それをひらりとかわして情けなさそうに私を見る時村を見た。いや、情けなさそうっていうか、十分情けないんだけど。いったら次何するかわかんないからとりあえず黙っておく。


「なんだっていいけど、腹割って話せ。軟弱ボーイ」

「だったらお前は軟弱ガールか」

「は?」


なぜだろうか。事態は予期せぬ方向に進んでいるであります。うーーん、確かにほんの数秒まで私が主導権を握っていたハズ。こんなにも簡単に形勢逆転されているのはどーしてだ。とりあえず、目の前の美少女に浸食されている事態であります。…主に主導権と私の陣地が。


「えーと、時村、君?ちょーっと近くないですか?」


じりじりと近づいてくる時村。1歩1歩と近づかれるたびに、同じ歩幅で下がっていく私。


「うわっ、」


かかとになにかが、とってもおそらくソファだけど、当たって、私の身体は思いもよらぬ方向に落ちていく。落ちていく、というよりは倒れこんでいく。それは一瞬にも、とても長い時間に感じられて、倒れこんで見えたのは見慣れた天井じゃなくて、今の今まで目にしていた、美少女の、時村の顏だった。

…ってなんでお前の顏が目の前にあるんだよ。おかしいだろ。


「きゃーくらい言ってもいいんじゃねぇの?ほんっと色気ねぇな、お前」

「だったら覆いかぶさんな」


と、どかそうとしたものの、まぁ男の身体がそう簡単にどくわけもなく。平行線のまま、私は真上にある時村を睨む。


「なに、誘ってんの?」

「死ね」

「おー、口悪ぃなー。死ねって言っちゃいけねぇって小学校の先生に教わんなかったか?」

「人種差別はすんなって道徳で習ったけど、そんなの習ってないし」

「真面目にそこ答えんな。でもってなんでお前そんなに落ち着いてられんの?」

「あー、そんなこと少し前にも言われたかも」

「は?誰に」


なんでそんなこと言わなきゃいけないのよって顔したら、「誰に」ってさっきより強めに言われた。


「文化祭の時に、あんたたちが来る1時間くらい前かな。知らない人。多分大学生だと思うけど」


ってなんで私こんなことこいつに言ってんの。言ったってなににもならないじゃん。


「俺聞いてねぇ」

「言ってないもん」


ていうか言う必要あった?


「兄貴はこれ知ってんの?」

「さぁどーだろうね。クラス委員か実行委員が言ってれば知ってるかもね。でもあの2人、けっこう頭回るから言ってないんじゃない?なんかあればあの2人にも責任が乗ってくるから」


ほんと、だから、利口な人間は嫌いだ。自分の損得で動くから。





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