おかえり現実、さよなら浅き夢(2)
「オーナーってつくづくお前に甘いよな」
「え?そう?」
ケーキ屋さんからの帰り道。こうして、時村に送ってもらうことにも慣れて、今ではこれが当たり前になってきていた。最初こそ、誰かに見られたらとか、こんなやつと一緒に帰るなんてって思ったけど、話してみればいいやつで、意外と気も利いたりするするやつだった。
「そのケーキだって、余ってたんじゃなくてオーナーがお前のためにとっといたんだよ」
「うそ!?なんかそれ悪い!」
え、返した方がいいの!?いやでも返しちゃったらそれこそ悪い気がするし!え、本当にどーしよー!?
「そんなわたわたする必要もないってば。いいんじゃねぇの?オーナーがやりたくてやってることだろうし。それに、こっちからしても、お前ら常連だしな。オーナーなりのサービスってやつじゃねぇの?」
「だから気にすんな」、そう言って、時村は私の背中を叩いた。痛くはないが急にそんなことをされたから、思わず前のめりになる。それを時村がすかさず支えてくれて、小さなため息をつかれてしまった。
「雪瀬ってバスケ部だったくせに体幹ないよな」
「これでも鍛えてたんだけどねー。どーもあれは苦手で。まぁ体幹なんてなくてもスポーツはできるってこと」
「いいように言うな」
「ハハ、高坂みたい」
前にも同じようなこと言われた気がするなー、なんて思いながら家の近くの角を曲がった。あと30秒くらいで家に着くだろう。そう思って曲がりきったその先に、普段なら人気のないこの道に人が立っていた。いくら薄暗いといってもまだ9時ころ。人通りが全くないわけじゃないのに、私たちが進む先にいた人影はぴったりとくっついているように見えた。
‥うわっちゃー。こりゃ嫌な場面に遭遇しちゃったなー。
どうやって切り抜けようかと考えていた時だ。ふと気が付く。その人影があるのはちょうど私の家の前で。近づくにつれて、どんどん薄暗い影だった2人の顏がはっきりと見えてくる。そこにいたのは、見覚えのあるフランス人形のような女の人。綺麗に染まったクリーム色の髪をパーマでふわりと立体感を持たせていて、手足が長くて細い。だんだんと見える姿はとてもスタイルがいい。思わず生唾を飲んでしまった。時村も気が付いてしまったかもしれない。私のこの異常な反応に。
「雪瀬?」
時村が私を呼んだ。だけど、その声に反応したのは私じゃなくて、薄暗くて醜くなっている目の前の人物で。こちらを見た彼女は、時村の隣にいる私を見て大きな目をさらに大きくした。ただ、見つめあう、そんな時間がどれくらい経っただろう。もしかしたら10分、30分だったかもしれないし、30秒もなかったかもしれない。でも、とても長く、息苦しく感じられた時間だった。
「陽?俺もう帰るわ。また日曜な」
彼女の隣にいた男の人は、このただならぬ雰囲気に気が付いてか、彼女にそう告げてさっさと車に乗って去っていってしまった。彼女はそんな男の人に目もくれずに、ただ何もしゃべらずに私と対峙する。
「直の彼氏さんかしら?」
彼女は何も話さない私から隣にいる時村に視線を移した。
「いや、違いますけど」
「あら、そうなの?」
そう言って、意味深な笑みをこぼして1歩ずつ近づいてくる。本当は近づかれた分後退したいけれど、時村がいるからそんなこともできなかった。
「いい男ね。直なんてやめて私にしたら?」
「え、」
時村は思っていた以上に動揺していた。まぁ、無理もないと思うけど。
「雪瀬、この人って」
「…恥ずかしながら私の姉です」
「あら、恥ずかしながらって失礼ね。私もあんたみたいな妹、願い下げよ」
睨みつければ、ヒールをはいて私より数センチ高い姉貴に上から睨みつけられた。
「相変わらず生意気ね」
「お互い様なんじゃないの」
「そんなのだから捨てられんのよ」
「だからお互い様だって言ってんじゃん。同じ捨てられたくせに威張らないで」
「私は捨てられてよかったって思ってるからいいのよ。あんたみたいにいつまでもあいつらの世話になってないもの」
「…っ、」
「どうせ思ってるんでしょ?いつか更生して戻ってきてくれるって。母親だっていつか気の迷いかなんかだったって言って帰ってきてくれるって。世の中そんなに甘くないから。あんたが描いてるような家族像、私はまっぴらごめんよ。あんたも含めて、あんなの家族だなんて認めないから」
「‥そんなこと思ってない。でも、姉貴は間違ってるって思ってる。そんなことしたって、あの時となに一つ変わらない」
-------パァン
「いっ、」
「あんたになにがわかるのよ。わかったような、生意気な口利かないで。いつまでも母さんに守られてたあんたに何がわかるっていうのよ。あんたと私、同じ被害者だなんて思わないで」
「‥別に同じだなんて思ってない。そんなの吐き気がする」
「あら、気が合うじゃない。私もそう感じてたわ」
姉貴がまた何か言おうとした時だった。家の前に1台の車が停まった。見たこともない車から男の人が顔を出して「陽!」と姉貴の名前を呼んだ。名前を呼ばれた姉貴は、まるでいままでのことが嘘だったかのように、眉間のしわを消して、貼りつけたような笑顔で男の車に行って乗った。行ってしまった車を見て、ため息が漏れた。
「雪瀬、」
…ああ、隣に時村いたの忘れてた。
「ごめん、みっともないとこ見せちゃったね」
叩かれたほほを摩りながら力なく笑って見せれば、とても心配そうな顔をした時村と目が合った。




