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君の隣を先約します。  作者: ゆきうさぎ
<第6章>
41/83

青い春なんてあってないようなものでしょ。(8)

バクバクバクバク。

さっきから心臓の音がうるさいくらいに鳴り響いている。その音は、まるで周りに聞こえてるんじゃないかってくらいで。自分が緊張していることを嫌でも感じさせられる。


「なに、緊張してんの」


下を向いていた私の頭に振ってきた声に顏を上げれば、陽斗が笑顔で私を見ていた。陽斗はさすが陸上部だっただけあるというか、走ることが好きっていうだけのことはあるというか、すごく楽しそうな顔をしていた。


「あんたって本当に走ってる時だけ顏変わるよね」


普段からそんな顔してたら、もう少しモテると思うんだけど。まぁ、その陸上をする姿に惚れたのは私なんだけど。


「走るの好きだからな。それがなにであっても走れればそれでいいよ」

「あ、そ。やっぱわかんないなぁ、陽斗のその考え」

「陸上部なんて走ることが好きでもなきゃやってらんねぇしな」


陽斗は決まってその言葉を口にする。話しているから少しは楽にはなったが、それでもやっぱり緊張がほぐれることはなくて、心臓は相変わらずうるさく鳴っている。


「あのな、誰がお前の前走ると思ってんの?」

「陽斗、」

「俺が今まで誰かに抜かれたことあった?」

「国体の宮内君」

「思い出させんな、むかつくから」


ほほをつねられて引っ張られてぺちんって離された。ほほを摩りながら陽斗見上げれば、少しだけばつの悪そうな顔をしていた。なんだか、少しいじめすぎただろうか。


「ごめんって。陽斗が一番速かったよ」


この学校で陽斗より速い人なんて見たことがない。


「んなフォローいれるくらいなら最初から言うな」

「だってそんなにへこむと思ってなかったんだもん」


この様子だと、最後の最後まで宮内君には勝てなかったっぽいな。陽斗だってすっごい速いのに。まぁ、宮内君も半端ないんだけど。


「俺がぶっちぎりの一番でバトンを渡してやる。だから直は自分の走りにだけ集中しろ。俺を信じろ」


信じろ、なんて。ほんと、惚れてまうやろー!だ。かっこよすぎるでしょ、今のは。


「頑張る、」

「当たり前だ。俺の惚れた女だ。こんなことでへこたれられても困る」


困るわけないでしょ、なんていう言葉は呑み込んで、陽斗の背中を見送って自分も定位置についた。


「先輩って谷口先輩と付き合ってるんですか?」


4番走者でバスケ部の後輩である1年生の五十嵐 真琴(いがらしまこと)、通称まこは首をかしげて聞いてきた。


「陽斗と?付き合ってないよ」


正確には付き合っていた、だし。でも、周りから見ればそんなふうに見えるのだろうか。と思ってさっきの会話を思い出す。…そう思えるかもしれない、うん。


「えー!じゃあ谷口先輩、絶対ゆきさんのこと好きじゃないですか」

「くすくす、陽斗は付き合ってたからそう思えるだけじゃない?さ、リレーに集中して。1位なら私たちの優勝、それ以外なら2位。まこはどっちがいい?」

「そりゃ1位のが断然いいです!」


まこは張り切ってそう言った。その姿に笑顔をこぼしたのと同じくらいに、生徒会によってレーンに誘導される。


「先輩、頑張ってください!」

「まこもね」


まこに言葉を返してから、ちょうど反対側にいる陽斗を見た。さっきと同じ、クラウチングスタートの体勢で、彼は静かにピストルの音が鳴るのを待っている。

ああもう、どんだけ見てもかっこいい。惚れた姿を見てるんだ、当たり前か。


「いちについて、」


掛け声が始まる。緊張の一瞬。ピストルの音がして、火薬のにおいがかすかににおった。それは本当に一瞬の出来事。ついさっきまで反対側にいたはずの陽斗はぐんぐんと近づいていく。心臓が一度大きく高鳴った。

‥いける。

…大丈夫。

陽斗とのバトンの受け渡しは慣れている。あの頃、陽斗と遊びながらバトン渡しの練習をよくした。そのタイミングもすべて、この身体が覚えている。ある意味怖いと思いながら、身体は勝手に動いていく。


「直っ!」


普段大きな声を出さない陽斗の、久しぶりに聞いた大きな声。それは私を奮い立たせるには十分なほどで。私は陽斗から受け取ったバトンを持ち替えて走り出した。陽斗は約束通りぶっちぎりの一番で渡してくれて、私は前にも後ろにも誰も人がいないままで走ることになって、でも気を抜かずに次の走者にバトンを渡した。


「お疲れ様!」


走り終えた私にしおはかけつけてくれて、笑顔で迎えてくれた。


「谷口、さすが大学にスポーツでいくだけあるねー。いい走りしてくれたわ。ゆきもお疲れ!もうひと踏ん張り頑張って!」

「しおって相変わらず鬼」

「なんとでもおっしゃい!ほら、そこに座る!」


そう言ってそばにいてくれたしおもすぐに走っていってしまって、どんどん、自分の番が近くなっていく。それはゆっくり、でも確実に。鼓動が速くなるそれは、緊張のせいなのか、急に走ったせいなのか。はたまた両方なのか。私たちの団は相変わらず2位のままで、1位との差は一定で近くも遠くもならずだ。


「直!頑張って!」

「ゆき、あんたなら走れるって!」


美弥としおに背中を叩かれてレーンに並ぶ。1位の走者が抜けて数秒後、私はバトンを受け取って2回目を走る。

速い。

選抜なだけはある。記憶が正しければ、私の前に走っているのは、2年生の陸上部の女の子だ。少し走るフォームは型崩れしているが、足だけは本物のようだ。でも、負けたくない。


「雪瀬!」


遠くで声が聞こえた。それは珍しく、耳に吸い込まれるように入ってきた声。視界にとらえたのは、私を待つ時村の姿。何度も私の名前を呼ぶのは、時村の姿だった。


「俺の言葉忘れんな!トップじゃなきゃバトン受けとらねぇぞ!わかったらとっとと走れ!」


アノヤロウ‥!

なんでこんな時まで鬼畜なんだよ!励ましのことばをくれっ!






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