青い春なんてあってないようなものでしょ。(7)
「雪瀬見っけ!」
少しだけ息を荒げながら、額の汗をぬぐった時村が私の前に立った。その様子に高坂と一緒に見れば、時村ははいっと手を差し伸べた。
「なに?」
「借り人。雪瀬来て」
来て、なんてことを言いながら、時村は私の手首をつかんでグラウンドに走り出す。周りからきゃーとかわーという言葉が聴こえる。どんどん、その声は遠くなる。走る時村は速くて、ついていくことに必死で、周りの声と一緒にアナウンスが聞こえるけれど、まったく耳に入ってこなかった。
-----パァーーン、
ピストルの音が聞こえて、時村は白いテープを切って足を止めた。その場に座り込んで、息を整える私を見上げた。いつになく爽やかな笑顔に心臓が高鳴った。
「ごめん、けっこう本気で走っちゃった」
「足もつれるかと思った」
こけたらどーしてくれんの。笑い者なんかじゃすまないんだけど。次の日からのバッシングがすごそう。
なんてたわいない会話をしていたら、続々と走者が同じ色の鉢巻をした借り人を連れてゴールしていく。問題はここからだ。いったい時村は、私をなにで借り出したか、なのだ。最下位から順にマイクを通して発表されていく。
「お題は!?」
「…す、好きな女の子ですっ!!」
あー、ほら。出た。名物・全校生徒を観客に大告白。告白された女の子は顔を真っ赤にして俯いている。そりゃあそうなるわな。こんな先生もいる中で告白なんかされたら、嫌でも「はい」と言うしかないもんな。私は断ったけどさ。そのときちょうど陽斗いたし。陽斗、すっごい顔でその子のこと睨んでたし。
「そういや雪瀬って谷口のこと好きなの?」
「は?」
なんでこのタイミングでこんな質問ができるんだ、こいつは。頼むから空気を読め。今、すっごくいいところでしょ。しかも陽斗って。なんなのよ、みんなして陽斗、陽斗って。そりゃあかっこいいとは思うけどさ。惚れそうだなってなるけどさ。
「好きか嫌いかで言えば好きかな。でも、陽斗は‥元彼だから」
「え、そうなの?」
「あれ、知らなかったの?不本意ながらけっこう有名な話だったよ」
「あー‥あれか。谷口がやらとへこんでた時期か」
…へこんでたんだ、陽斗。余計に揺らぐんですが。
「でも私も陽斗も戻る気はないかな」
「‥お前らってどっちも大人びてるよな。もう少しどっちかが子どもだったらなんとかなっただろうな」
「ハハ、かもしれないね。でも全部過去のことだから。陽斗とはもう戻らない。もう戻さない」
「ガキはガキらしくって兄貴に言われなかったか?」
「さっきそんなこと言われた。でももうガキらしくもしてらんないでしょ」
「可愛くねぇの。男なんて、いくつになってもガキのまんまだっていうのにな。もう少しはめ外したほうが、見える世界が面白くていいのにな」
なんなのよ、この従兄弟たち。ズケズケとまぁ似たようなこと言ってくれちゃって。とは心で罵ってみるけど、本当のこと言われてるから、何も言い返せない。
「さ、お待たせしました、1位の時村君です!」
その声に、いっせいに周りが沸いた。時村に手を引かれて私もマイクがある小さなステージにのぼる。
「連れてきたのは、学園一の美男子、雪瀬さん!さて、紙に書かれたお題は!?」
それは、緊張の一瞬。誰もが生唾を飲む、そんな感じの。誰もが固まって時村を見るなか、当の本人は紙をゆっくりと開いて悠長に構えていた。
「お題は、‥最もきれいな人、です」
一瞬、なにを言われたかわからなかったけれど、周りの歓声なのか野次なのか、いろいろな声を聞いているうちに、思考を停止した頭は動き始め、言われた言葉の意味を理解する。
「‥…え!?」
「おせぇよ、反応。どこまで飛んでんだよ」
口は相変わらずのようだ。さっきまでの凛としたよそ行きの声はどこへ行ったのだ。
「この団に雪瀬がいなかったら誰連れてきたらよかったか迷ったかもな。よかったわー、一緒の団で」
…こいつ。私の一瞬のときめき返せ!けっこう本気でドキッとしたのに!この天邪鬼!
「なに、好きな人とでも言ってほしかった?」
マイクさえも拾わない小さな声で、時村は囁くように言う。その言葉に睨んで返すと、ニヒルな笑みが返ってきた。このまま放置しておくと何をしでかすかわからなかったから、私は「いらない」とだけ言ってステージから降りた。その後ろを愉しそうに歩く時村を、グラウンドの端っこでまた睨んだ。
「せっかくの可愛い顏が台無しだけど」
「誰のせいよ」
「俺のせい?そんなにみんなの前で告白されたかった?」
「いらないって言ってるでしょ!」
なんかもうここまで来たら、なににこんなに怒ってるのか自分でもわかんないんだけど。でも、なんか腹立つ!
「そんな顏すんなって。お前、俺より背低いから睨まれても上目使いされてるだけにしか思えないんだよね」
「男ってどこまで馬鹿なの、」
「男はどこまでも馬鹿な生き物なんだよ。わかったら睨むな。そんなむくれた顔で上目使いされても襲いたくなるだけだ」
「襲うって、」
「男の本能なんだから仕方ないんじゃね?つか、だから睨むなって言ってるだろ」
ぺしっとおでこにでこピンされて、私はおでこをおさえる。‥けっこう痛い。地味に痛い。おでこ、ひりひりする。
「綺麗な顔も考えもんだな」
そう言って時村は、私の肩にかかるタオルを取ると、勝手に自分の汗をぬぐいだした。
「あんたなにしてんの、」
「これ、借りるわ。タオル置いてきたんだわ」
どこに、と言わないあたり、おそらく、こいつが忘れたのは家。
時村は私の返事を待たずに、ひとりテントに帰っていく。その後ろ姿をぼーっと見ている私に、彼は振り返りざま、
「最後のリレー、俺にトップでバトンわたさねぇと受けとらねぇからな」
なんていう、鬼畜ともとれる言葉を残して去って行った。




