お化けが光に弱いなんて誰が言った(8)
「ここ」
「ふうん、案外きれいにしてるんだな」
「案外ってのはいらないよね、取り消せ」
「命令かよ」
お姫様抱っこをされながら喧嘩。はたから見たら、この光景はいったいどのように見えるのだろうか。なんだか考えるとちょっと怖い。
「ていうか、別におんぶでもよかったんじゃ‥」
そうだ、よくよく考えたら、こんなお姫様抱っこされなくても、おんぶさえしてくれればよかったのでは!?そしたら、耳元で騒ぐことも、うるさいってどやされることも、顏がこんなに至近距離になることもなかったんじゃないの!?
「おんぶはてめぇの意思がねぇと出来ないだろうが。やっぱりその脳みそは飾りか?」
「先生に似て毒舌」
「一緒にすんな」
「一緒にしてない。似てるって言っただけ」
先生、もう少しオブラートに包んでくれるよ?すぐに溶けちゃうけど。嚢中の錐みたいな感じだけど。
「‥嚢中の錐って。難しい言葉知ってんな」
「古典で習ったからねー。私、漢文なら誰にも負けない自信あるもーん」
「あー、はいはい、わかったからもう少し顏離せ。落とすとかしないから」
言われて気が付いた。思っている以上に、時村との顏の距離は近かった。きっと恋人だったら、自然とキスしたくなるような、それほどに近い距離。思わず、その近くにあった綺麗な顔をまじまじと見た。長いまつげ、奥二重のぱっちりした目、筋の通った鼻、本当に整った顔立ち。
「ぅわ、」
ぽいって。今まですっごく丁寧扱ってたのに。急にぽいって。扱い、ひどくないですか?
「だから、男が欲情するような顏すんなって」
ぎしっとなったベッドの上には私と、そしてその私を見下ろす時村がいた。顔の横につかれた手に、数時間前の記憶がちらちらとよみがえる。だけど、あの時と違うのは、私の目の前にいるのは見知った人間でなおかつ最近よく一緒にいるようになったその人だということ。そのせいか、びっくりするほど、あの時みたいな怯えはなかった。
「‥少しくらい怖がれよな、」
呆れた、という風に言って、時村は私の上からどいて、ベッドサイドに腰かけた。
「無防備だし危機感なさすぎ」
「そんなこと言われてもなぁ、」
うーんと頭を捻りながら、時村の隣に座りなおす。ぎしっという軋む音がして、横を見ると、私を見る時村と目が合った。それが少し照れくさくて、私はごまかすようにカーテンを閉めた。
「‥(こいつわかってやってんのか?)だいぶ酔ってんだからとっとと寝ろって」
「酔ってないもーん」
べって舌を出して言ってやった。それを見た時村は苦笑して「ぶさいく」とのたまわりやがった。ふんって鼻で笑ってから、私はさっきの場所に腰を下ろした。時計を見るともう3時前で、もう少ししたら空が明るくなる時間帯だった。
「酔ってんだろ」
そう言うなり、時村は私の頭を思いっきり揺らした。頭が揺すぶられてぐるぐるする。
「ぎぶぎぶぎぶ!吐くから!」
「ほら、酔ってんじゃねぇか。って、」
ふらぁ~って感じで、私の頭が行きついたのは時村の肩で。というか、時村の胸で。倒れこんできた私を時村は抱きとめた。やっぱり、時村の体温は高いのか、すごく温かかった。冷房がかなり効いたこの部屋ではとても心地よく感じられた。
「雪瀬、」
「あんたが頭なんか振るからぁ、」
力なく時村の胸を叩くけれど、まったく効かなくて、それどころかその手を時村に掴まれてぐいっと上にやられた。当たり前のように体も一緒に持っていかれて、私が時村を押し倒したみたいになってしまった。
「さっきも思ったけど、雪瀬って軽いよな。もっと食えよ」
「食べてるし。食べても太らないんだもん」
なんて、そんな呑気なこと言ってる場合じゃないんだけど。腕で拘束されててそこから動けないんだもん、仕方ない。
「だから、もっと慌ててもいいと思うんだけど、俺。なんでそんなに落ち着いてられるってか、怖がらないかな」
「こんな状態で慌ててもなぁ‥もう捕まっちゃってるし」
ていうか眠い。むぅ。温かい時村が悪い。そうだ、時村が悪い。
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「おい?雪瀬?」
「‥zzzz」
うそだろ、おい。この状態で普通寝るか?
規則的に聞こえてきた寝息に思わずため息が漏れる。いや、確かにこの状況に持ち込んだのは俺だけどさ。だからって寝るか?俺のこのちょっとだけのドキドキ返せよな。
なんて苦情を思いながら、俺の上に乗る美少年をどける。いや、どけようとした。身体を横にずらしたのに、身体は完全に横に移ってくれなくて。雪瀬の手は俺の着ているシャツをしっかりと握っていた。
「…まじかよ、」
なにこの生殺し。ひどい。
「ん、」
なんて甘い声を出して、すりつくから。無意識にその頭を撫でていた。こうやって見れば、美少年もただの女の子なんだと感じられた。
「…‥、彩月、さん」
さつき?
雪瀬は寝言でそう言った。それは明らかに人の名前で。ただそれは男なのか、女なのかわからない。だけど、そう名前を呼んで閉じた瞳から涙を流すものだから、誰かもわからないその人に、俺はふつふつと沸く嫌な思いが芽生えた。




