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君の隣を先約します。  作者: ゆきうさぎ
<第5章>
31/83

お化けが光に弱いなんて誰が言った(6)

「That which is done out of love always takes place beyond good and evil.」

「…え、」


振り向いた時村の目は揺れていた。コトリと作り終えたまだ湯気の上がる皿を置いて、近くにあったソファに座りこむ。時村は私から目をそらさない。だけど、その目の色は色々な感情を含んでいた。


「愛の終わりはいつも善悪を越えたところで起こる。‥ニーチェの言葉だよ」


そう笑って言ったつもりだったけれど、きっと私はうまく笑えてない。だってほら、時村の顏がどんどん曇っていく。そんなに気にしないでという言葉をかけておきながら、どこかで冷たい感情が私の心をくすぶっている。それはあまりに醜く、あまりに冷酷な、そんな感情。


「見たんだね、それ」


それ、と言って私は時村の目から、埃をうっすらとかぶっている懐かしい冊子に目をやった。自分ではもう二度と開くことはないと思っていたし、誰にも見せることはないと思っていたその冊子の英文が書かれたページには、時村の骨ばった指が置かれていた。


「悪い、」


申し訳ないと、うなだれて謝る時村を見て、また、冷たく黒い感情がくすぶった。


「雪瀬、お前「何も聞かないで」


時村の言葉を遮って出た自分の言葉は、思っている以上に強張っていた。おそらくそれは時村にも感じられたことだろう。時村はそれ以上なにも言わなかった。ただ俯いて、そっとアルバムを閉じた。


「私の過去に入ってこないで。あんたたちが知らなくていいことしかそこにはないから」


そう。誰も知らなくていい。何も知らないままで私を見てほしい。


「ごめん、もう聞かないから。だから、泣くなって」

「‥は?」


泣いて?

時村はすごく哀しそうな顔をして、私のほほに手を添えた。時村の手は、夏のせいか、とても温かかった。久しぶりに感じた人の温もりに、気付かずに出ていた涙は止まらなくて、泣きやまない私に時村がワタワタと慌てだした。


「ちょ、泣くなって、」


きょろきょろと見渡しながら、泣きやます方法を探している時村を見ていたら、自然と、涙は止まらなかったけど、口元が緩んだ。


「雪瀬、泣くか笑うかどっちかにしろよ!俺の心臓がもたねぇ」

「女の扱いに慣れてないあんたが悪い」

「えぇ!?そこ俺!?泣いた女の扱いなんて、だいたいの男が慣れてないだろ!」


そう言いながらも、時村はそっと自分のかばんから取り出したタオルを私に差し出してくれた。


「とりあえず目こすんな。腫れるから。これでふいとけ」

「‥不器用」

「いらねぇなら使うな!」

「ありがたく使わせていただきますよぅーだ」

「‥なんでだ‥、なんでこんなにむかつくんだ、」

「そりゃあんたの口の弱さが原因でしょーに」

「人が下手に出てりゃあ言いたいことをズケズケと‥ちったぁ本気で心配した俺の身にもなれ!」


----スパーン。


「いったぁ!」

「参ったか、コノヤロウ」


なんで!?なんで、前触れもなくスリッパが都合よく時村の手の中にあるわけ!?なに!?高坂といい、時村といい、そんなにスリッパ持ち歩いてるわけ!?


「って、本気で叩く馬鹿がいる!?」

「は?本気で叩くわけないじゃん。本気で叩いてたらスリッパ壊れちゃう」

「なんでスリッパの心配!?」


そこ、まず叩かれた側の頭じゃないの!?


「貴重な脳細胞死んだらどうしてくれんのよ!」

「脳細胞って頭叩かれるごとに死ぬんだってな。しかも再生不可能らしいし」

「知ってるならヤメロ。これ以上馬鹿になったらどうしてくれる」

「そうだな、兄貴に追加補習されるかもな」


そんなところまじめに答えんでいい!ただでもこの前の模試が国語が点数が悪くて高坂に怒られたのだ。また点数下げでもしたら、次は叱責だけじゃすまない。補習という名の拷問だ。あれはまさしく拷問。


「あんな拷問受けたくない!」

「色仕掛けでもしたら優しくしてくれるかもよ?」

「するか、ボケ!」


私は手のそばにあったクッションを時村に投げつけた。時村はそれを簡単にキャッチすると、笑いながら缶チューハイが並ぶ机の前に腰を下ろした。つまりは、私の右斜め前だったりするわけで。


「‥あ、私お風呂入ってもいい?」

「なんでこのタイミングなんだよ。俺今酒開けようとしてるじゃん」

「だって汗もかいたし、お酒入っちゃったらお風呂いかなくなっちゃうもん。10分で上がってくるから!あ、なんなら先に始めてくれちゃっててもいいから!」


私は時村の静止の声も聞かずに、リビングから即効で出るとお風呂の準備をする。と、ふとここで疑問。時村もお風呂に入った方がいいのでは?海水にもつかったし、ビーチバレーで汗もかいた。バーベキューも花火もしてにおいも染みついてるし、なんなら縦巻きガール・深田さんの香水のにおいも染みついている。

…わぁお、最悪。

うん、これは私の次にお風呂決定だな。私は自分でもかなり大きなジャージとTシャツを用意して風呂場に向かった。


「あ、時村」

「なに?先に始めてないからとっとと入ってこい」

「あ、うん、そうじゃなくてね、時村、私が入った後にお風呂使って?服とかたぶんこれ着れると思うし。下着はさすがにないから、入る前に洗って乾燥機放り込んどいて!パンツくらいだったらすぐに乾くと思うし!」

「え、ちょ、待った!、」


私はまた、時村の静止の声を聞かずに部屋のそばから離れた。

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