好きな花は桜ですが、なにか(7)
家、というか高坂の家に着くと、時計はすでに6時を回っていた。今から作り始めれば、ちょうどいい時間に晩ご飯が出来上がるだろう。私は買ってきた食材をキッチンに置いて、晩ご飯の支度に入る。私がキッチンに入ったのを見た時村は、自分がさっき脱ぎ捨てた制服をおそらく自分の部屋に戻しに行って、すぐにリビングに戻ってきた。
「あんたっていつも先生が帰ってくるまでひとりなの?」
買ってきたトマトとバジルを切りながらお茶を飲み干す時村に聞くと、時村は少しだけさびしそうに答えた。
「まぁでも普段は俺も5時ごろまで学校にいたりするから、兄貴と帰ってくる時間なんてそんな変わんないよ。夏休み前とかじゃない限りはそんな感じかな」
ああ、確かに。なんてことを思いながら、トマトとバジルをオイーブオイルやレモン汁などであえてマリネを完成させる。ボウルにラップをして冷蔵庫に入れてから、メインの冷やしうどんにとりかかる。叩いた梅干しを加熱したささみとあえて切ったネギと合わせた。最後に乗せる大葉を千切りして、めんつゆも適当にうすめて、冷蔵庫で冷やしておく。
あ、やだ、完成しちゃった。あとはうどんゆでるだけだ。
「慣れてんだな」
使った鍋や皿を洗っている私を見て時村は言った。
「そう?ちょっとは見直した?」
「それは食べてみないとわかんないよな」
‥ごもっともだ。でも、思っていたより早くできてしまったから、ご飯を食べるには少し早すぎる。
「あ、やべ、食パン買ってくんの忘れた」
「食パン?」
「明日の朝ごはん。明日から一応夏休みだし、兄貴もいるのに‥。まぁいいか」
「軽いな、なんか」
なんて会話をしているとき、玄関の方から音がして誰かの帰宅を知らせた。まぁ、誰かって言っても先生しかありえないんだけど。でも先生が帰ってきたということはいろいろと矛盾が生じるわけで。
「なーんでこんなに帰りが早いのかな、高坂先生?」
早くても9時だ、とかなんとか言ってたのは誰だったかな。
「そんなことも言ったかな。でもな、考えてみろ雪瀬。俺はもう成績表を渡しただろ?成績処理なんてもう終わってるに決まってるだろ?」
「てめ、騙したな!?」
それ、教師としてどうなんだよ!?自分の教え子騙すなんて!
「いや、あんなわかりやすい嘘に引っかかってくれるなんて思わなかったなー。いつばれるかひやひやしてたんだよな。凛久も一緒に騙されてくれたから助かったわ」
「この反面教師」
「騙される方が悪いって習わなかったか?」
「どこの悪党のセリフだよ、それ」
つーかそんなの習わねぇよ。嘘はついちゃだめだよ、なら習った記憶あるけど。
「習っただろ、どっかのアニメから」
「それ習うって言わねぇから」
「でも言うだろ?で?もう飯作り終わったのか?」
なんだか高坂の目が心なしかキラキラしてるのはなぜだろうか。
「終わってるけど、」
「よし、じゃあ飯にしよう。俺腹減ってんだ」
「‥わかったから、もうちょっと待ってよ。これから麺ゆでるから」
忙しないというか、なんというか。私は呆れながら、先生と時村を見た。こうやって。誰かのために腕をふるうのは久しぶりかもしれない。いや、かもしれないじゃなくて久しぶりだ。そう思ったら、少しだけ胸が高ぶった。
「あ、雪瀬どうせなら食ってくか?」
食ってくかって、めんゆでるの私なんですけどね。それわかって言ってんのか、先生。
「食べてっていいならここで食べてく」
「よし、じゃあ食ってけ。3人分ゆでてくれ」
ここまで来たら、もうなんでとかそういう気持ちはなくて、久しぶりの1人以外の晩ご飯に嬉しくて仕方なかった。
「はいどうぞ」
ご飯が並ぶより前に席ついている2人に苦笑しながら、私は2人の前に冷やしうどんが盛られた器を置いていく。先に作っておいたマリネも小鉢に持って隣に置いた。
「「いただきまーす」」
2人は子供みたいに、まあ片方はまだ子供だけど、手を合わせるとうどんをすすった。私は2人の顔を交互に見て反応を待つ。
「どう?」
「うまい!」
最初に反応を示したのは時村だった。この前のいたずらっ子みたいな笑顔じゃなくて、普通の、ごくごく普通の笑顔を向けられた。時村の隣に座る先生の反応を見ると、先生は何も言わずにうどんをすすり続けていた。その様子に安どして、私もうどんを食べ始めた。
「やー、田中先生が褒めちぎるだけあるな」
爪楊枝をくわえながら高坂は言った。その顔に似合わない行動に苦笑してから、「なにが?」と疑問を投げかけた。田中先生といえば、家庭科のおばちゃん先生だ。すっごく温厚で、お母さんって感じの母性溢れる先生。まぁ本当にお母さんキャラだから、みんなにはオカンって呼ばれてたりするんだけど。お母さんみたいに怒るらしいし。
「雪瀬さん、家庭科の時本当にすごいのよって成績表見てたときに言われた。なにがすごいんですかって聞いたら、お料理が本当に上手でって言ってたんだよ」
「‥ちょっと待て。だったらあれか?先生、初めっから私に晩ご飯作らす気だったの!?」
「おう」
「いやいやいや、なに当たり前みたいな返事してくれてんの」
いろいろとおかしいだろうが。なんで田中先生が料理が上手って言っただけでこの家の晩ご飯を作るまでとんだ?そこに本人の意思はないのか?私の意思はどこ行った?個人の尊重って言葉、どこ行った?
「いや適材適所じゃん」
「なに良いように言ってんだよ」
なんでこの家の家事に私も入ってんだよ。問題はそこだろうが。




