好きな花は桜ですが、なにか(5)
「ああ、そうだ。雪瀬、お前の三者懇談なんだが、」
問題集を解いていた手が止まった。三者懇談。別に避けていたわけじゃないが、いつも両親の都合が合わないということで潜り抜けていた懇談会だった。が、それもどうやらそろそろ限界らしい。進路のこととか成績のこととか、両親と話さなければならないらしい。今までなあなあにしてきた教師陣もそろそろといったかんじだった。
「親御さん、いつなら空いてるって?」
先生の言葉になにも答えることができなかった。ただじっと、机にある問題集を見つめることしかできなくて、黙りこくった私を不思議に思った先生は私のそばまできて顔をのぞいた。目が合わせられなくて、わかりやすく先生から目をそらすと、先生はため息をついた。
「お前、まさか親御さんと何にも話してないのか?」
「‥話してない、よ」
だっていないもん、という言葉は呑み込んだ。先生から向けられる視線がなんだか痛い。うつむいた顏が上げられなかった。
「どうして」
「‥別に」
ごまかしたい一心でいるけど、正直、そろそろ限界なんだと思う。でも言いたくないから、私は唇を強く噛み締めた。
「‥雪瀬?親御さんと喧嘩でもしてるのか?」
「してない、」
違う。できない。
「じゃあ今どこかにでかけてるのか?」
「‥うん、まあ」
違う。でかけてるんじゃない。きっとあの人たちは帰ってなんてこない。
「じゃあ連絡先を「知らない」
先生の言葉を遮って出てきた言葉は自分が思っていたものより冷たくて。見上げた先生の顏は驚いているようだった。その表情がさらに辛くて、私はまた唇を噛み締めた。
「知らないなんてことないだろ」
「ほんとに知らないんだもん」
「‥雪瀬、」
ふいに名前を呼ばれて、先生の顔を見た。先生はどこかさびしそうな顔して私のほほに手を添えた。
「ごめんって。まさか泣くとは思ってなかったから、」
「え、」
言われて自分のほほに触れる。確かに私のほほには涙が伝っていた。
「‥なんか、ごめん」
泣くつもりなんて、まさか自分がこんなことで泣くなんて思ってなかったから。なんだか先生に悪い気がして、思わず謝ってしまった。そしてら、先生はくすっと笑って私のほほから手をはなした。先生の手は大きくて、すごく暖かかった。
「いつもそれくらい素直だったら可愛いのにな」
「余計なお世話だって!」
もう!と付け足して先生を見る。先生の笑顔につられて、私もふふっと先生に笑顔を見せた。
「どこの少女マンガだよ」
聞こえてきた声に顏を向ければ、これまた最近よく会う時村が呆れて立っていた。
「少女マンガって」
「本当にもう。職員室でなんてやめてくれよな」
「いやだから、違う」
「イケメン同士って腐ってるよな」
「あー、確かに凛久の方が絵になるな」
え、先生!?それこそ腐ってるんですけど。
「俺、兄貴とはごめんだわ」
「俺もだ」
‥そういう問題なんだろうか。相手の問題?
「で?凛久は何の用だ?用もなく職員室に来るような真面目君じゃないだろ?」
「真面目でも職員室にだけは通いたくないな。兄貴、家の鍵貸して」
「‥お前また忘れたのか?たまに俺より早く出たと思ったらこれかよ」
先生はそう言って、鞄の中からキーケースを取り出すと時村に向かって投げた。時村はそれを受け取ると家の鍵だけそこから取り出して投げ返した。先生はそれを受け取ってまた鞄の中に戻した。その様子をコーヒーを飲みながら眺めていると時村と目があった。
「お前何してんの?」
「雑用」
「俺の秘書」
「違う、雑用」
「あー、なるほど、兄貴のお気に入りね」
「え、なんでそういう変換されるの」
なんで=お気に入りになる?確かのほかの生徒に比べるとひいきされているような感じはあるかもだけど。お気に入りと言われると嫌だ。いろんな意味で嫌だ。
「てか2人って同じ家に住んでんだね」
鍵の投げ合いを見て思ったけど。
「まぁな。俺の実家から通うより、兄貴の家から通う方が断然近いしな」
「おかげで俺は家に誰も呼べなくなったけどな」
「は?お互い様じゃん」
「あのなー、お前は居候してる身なんだから当たり前と言えば当たり前なんだからな?そこ間違えんなよ?」
「あ、それよか今日の晩飯冷やしうどん食べたい」
さり気に晩ご飯のリクエストですか。しかも冷やしうどん。あーでもいいなぁ、冷やしうどん。うん、私も今晩は冷やしうどんにしよう。やっぱりとろっとした温玉乗せかなぁ。
「それぐらい自分で作れよ。つーか俺帰り遅くなるよ?まじで成績処理終わんねぇんだわ」
「え、私あんなに手伝ったのに!?先生、私があれしてる間何してんの!?」
それともよっぽど要領悪いの?私の頑張りってどこいったわけ?
「俺料理とかしたことないけど」
「そういや俺がいつも飯作ってたもんな。じゃあ冷やしうどん食いに行くか諦めろ。それか何時になるかわかんねぇ俺の帰りを待て」
「俺はハチ公じゃねぇから待つとかできねぇ。理科の実験みたいになっていいなら作ってみるけど」
「火事にでもなられたら困るからやめろ。しゃあねぇな、なんか食って来い。俺早くても9時とかになるだろうし」
先生はため息をついて鞄に手を突っ込む。その様子を見ていると、急に先生は何かを思いついたみたいで顏を上げて、そして私を見た。
「‥なんすか」
「雪瀬、お前料理できるか?」
「でき、‥ません」
「よし、雪瀬、お前俺んち行って凛久の飯作ってやってくれ」
「はぁ!?」
確かに私もさっき晩ご飯のメニュー、冷やしうどんにしようとか思ってたけどさ!さすがにそれは無理!無理無理無理!誰が好き好んで男の家に晩ご飯だけ作りに行かなきゃならないのよ!私は家政婦じゃないっての!
「私今できませんって言ったばっかだよね!?」
「凛久よりましだろ!」
いや、こいつがどんだけ料理できるのかとか知らないけど!知りたくもないけど!
「俺の家のキッチンを守ってくれ!」
なんでやねーん。




